現パロ小十郎

□副社長の出張帰り
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ーー某日某空港

「はあー…もう、限界だ」
「出張、お疲れ様でした」

休日を返上して新プロジェクトの大詰めの為に海外へ出張されていた小十郎様が日本に帰って来たのは、まさに今。

社長室付きの秘書として空港まで迎えに行った私は、荷物を受け取り疲れた様子の小十郎様に声を掛けた。

「明日、明後日はお休みになっていますから、今日はゆっくりお風呂に入って早く寝て下さいね」

「…うん?」

そう告げた私に小十郎様は不思議そうに首を傾げた。
その様子に私も首を傾げる。

「どうされました?」
「…限界って、そういう意味じゃないんだけどな」
「え?」
「いや、良い。行こう」

言葉の意味が分からずに見上げるが小十郎様は苦笑を湛えたまま私の頭をポンポンと撫でると歩き出した。

「あ、小十郎様! 車はエントランスに待たせてあるので…」
「ああ、分かったよ」

小十郎様が長い脚をエントランスに向ける。
私もそれに向かって早歩きになりながら小十郎様を追いかけた。

外に出ると白髪頭の運転手さんが車から降りて小十郎様と私が戻ってくるのを待っていてくれた。

「片倉様、お帰りなさいませ」
「ああ。ありがとう」

恭しく頭を下げた運転手さんに小十郎様は爽やかな笑みを浮かべた。
近くを歩いていた女性のグループから押し殺したような黄色い声が上がっているが、本人は全く気にしていないようだった。

「お願いします」
「はい。お預かりします」

トランクを開けた運転手さんに小十郎様の荷物を渡すと、私は後部座席のドアを開けた。

「どうぞ」
「ああ…」

小十郎様が座席に座ったのを確認してドアを閉めようとすると、ちょいちょいと手招きをされる。

「はい…?」

何かあったのだろうか? と首を傾げながら小十郎に顔を近づける。
すると突然、そちらにグイッと腕を引っ張られてしまった。

「えっ…!」

驚いて目を見開くと、小十郎様の唇が私の耳に押し付けられる。

「お前に触れたくて限界なんだ。…今日は残業しないで帰っておいで」
「ッッーー…!!」

運転手さんがトランクを閉めたのと同時に私から腕を離す小十郎様。
クッションの効いた後部座席に背中を深く埋めた小十郎様は何事も無かったかのように自らドアを閉めた。

「…。」

私はと言えば、沸騰しそうな程に熱くなった頬を抑えて呆然と立ち尽くしていた。

二人の関係は秘密だと言うのに、たまにこうしてギリギリの所でイタズラを仕掛けてくる小十郎様に翻弄されてばかりいる。
これが経験の差と言うものなのだろうか…と、恋愛経験の少ない自分が恥ずかしくなる。

赤くなった顔をなんとか隠そうと俯いたまま助手席に乗り込むと、同じタイミングで運転手さんが乗り込んできた。



小十郎様をそのまま直接自宅マンションへ送り届け、私は会社へと戻り仕事の続きに励む。

2週間程出張に出ていた小十郎様が今日帰ってくる事は、勿論私もしっかりと把握していた。
その為、実はもう何日も前から今日は定時で上がる為に仕事を調整していたのだった。

((…小十郎様も同じ気持ちで居てくれたんだ…))

にやけそうになる口元を手帳で隠しながら、社長室に向う。

「失礼致します。…政宗様、ただいま戻りました」

社長室で書類にサインをしていた政宗様が、デスクから顔を上げて私に視線を寄越した。

「ああ、ご苦労だったな。」
「決定事項の詳細は後ほどメールにてご報告されるとの事でした」
「…週明けで構わないと言ったのにな。」

出張中も小十郎様から逐一報告を受けていたらしい政宗様は、呆れたように息を吐いた。

「休みの時位は休めと、弥彦からも伝えてくれ。」
「はい…お伝えしておきます」
「あいつは、俺の言う事を聞かないからな」

拗ねたように唇を尖らせる政宗様の様子に思わず苦笑が零れてしまう。

「私からでしたら尚更聞いて頂けないのでは無いでしょうか?」
「いや、同じ事を言っても弥彦の言葉なら聞く」
「…え、そうですか?」

思いがけずきっぱりと言い切られてしまい、思わず目をぱちぱちと瞬いた。

「ああ…弥彦のお陰で小十郎も食事を摂ってちゃんと寝るようになったからな…」
「あ…。」

政宗様の言葉に以前の小十郎様の姿を思い出す。
仕事が出来て、いつもキリッとしていた憧れの小十郎様だけど、その私生活はとんでもないものだった。
食事はいつもゼリー飲料か栄養ドリンク、まともに食べた日でお酒とおつまみ。
徹夜も朝帰りも当たり前、休日と言う概念も無く、休みを返上して常に働き詰めの状態だった。

「俺には散々食えだの眠れだの言ってた癖にな」

社長と副社長という立場にも関わらず、小十郎様はまるで母親のように政宗様の世話を焼きたがる。
その割に、ご自身の事にはほとほと無頓着の為、政宗様も以前から心配されていたのだった。

「俺の事よりまず自分の事をしろ、と伝えてくれないか…」
「ふふ。そうですね」

息を吐きながらそう言う政宗様についつい笑みがこぼれてしまう。
2人の信頼関係の強さは傍から見ていてもヒシヒシと感じるが、時折小十郎様からの愛を重そうに受け止める政宗様を見ているとどうしても、思春期の子供のように見えてきてしまうのだった。


「弥彦も今日は用事が有るんだろう? 」
「…あ…は、はい」

何も知らない政宗様が、何気なく私の予定に言及し、思わずドキリとしてしまう。
私が今日は定時で帰ることは、前々から伝えてあった為聞かれたとしても何もおかしくは無いのだけれど。

「ここ数日残業ばかりだったからな。週末はゆっくり身体を休めてくれ」

「ありがとうございます」

政宗様の優しい言葉が身に染みる反面、この後直接小十郎様のマンションに向かう事になる自分を後ろめたくも思うのだった。



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