現パロ小十郎
□休日のデート
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「すみません、小十郎様。お休みの日に買い物なんて付き合わせてしまって」
「いや、構わないよ。久々にこうしてゆっくり出掛けられたしね」
ここは、郊外にある大型のショッピングモール。
久しぶりに、きちんとしたお休みが取れた小十郎様が、運転を買って出て下さった為、珍しくこうして二人で遠出をする事が出来た。
(なんだか、小十郎様がショッピングモールを歩いてるって凄く不思議な光景だな……)
普段、小十郎様がショッピングモールになんて立ち寄る機会はそう無いに違いない。
小十郎様のお部屋を見れば、山のように詰め込まれた洗濯物やぐちゃぐちゃに放り込まれた品物はどれもハイブランドのものばかりだった事を思い出す。
本人に余りこだわりは無いようだけれど、持ち物のレベルから推測すれば、私が来て楽しいショッピングモールなんて小十郎様からすれば、子どもの遊び場のような感覚なのかもしれない。
「ねえ、見た!? 今の人、凄くカッコイイ!」
「見た見た!! やばい! え、芸能人?!」
「でも、カメラとか無かったよ?」
「あんなカッコイイ人、一般人な筈無くない!?」
ふいにすれ違った女の子たちから黄色い声が上がる。
その会話の内容に思わず苦笑が零れてしまう。
(……そりゃ、そうだよね……)
郊外と言えども、休日のこの場所には多くの人がごった返している。
そんな中をショッピングモールに似つかわしくない程の美丈夫が、悠々と闊歩していれば嫌でも目立つと言うもので。
先ほどから行き交う人々の視線が次々と小十郎様に向けられているのを痛い程に感じていた。
「……小十郎様、あまりこういう所は来られない……ですよね?」
「んー。そうだな、最近はあんまりかな」
「……最近は?」
最近は、と言うことは昔は来ていたと言うことだろうか。
付き合っているとは言え小十郎様と出会ったのはここ数年で、それ以前の事は殆ど何も知らない。
どんなタイミングで来たのだろうとか、誰と来たのだろとか素朴な疑問が浮かんで来た。
「まあ、昔はこういう所もよく来ていたな。今は立場が出来たから、取り敢えず付き合いで店は選んでるけどね」
「あ……。そうだったんですね。」
(そっか……。小十郎様が副社長になったのは政宗様が社長になるのと同時だし、それまでは田中さんたちと一緒にプロジェクト参加してたんだもんね)
その言葉に、湧き出た疑問はすぐに立ち消える。
そんな事を考えていると小十郎様は楽しげに私を見下ろした。
「俺だって、学生時代は安い定食屋の常連だったし、飲んだ帰りに終電逃して線路を歩いて帰った事もあるよ」
「え……!」
小十郎様の口から出た思い出話に、思わず目を丸くする。
奥州ホールディングスの副社長で、奥州グループ社員全員の憧れの人が、そんなやんちゃな過去があったなんて驚きだった。
「い、意外です……」
「うん? そうか?」
「なんか……、小十郎様って昔から凄くしっかりしていそうなイメージがありました。」
私がそう言うと、小十郎様は楽しげに肩を揺らす。
「俺は、別に生まれが良い訳ではないからね。実家は神社だし、大学時代は勉強もそこそこに遊び回ってたし」
「そうだったんですね」
小十郎様とお付き合いをするようになって、おちゃめさや無邪気な一面がある事を知り、孤高の敏腕副社長のイメージはだいぶ薄れたけれど、
どこか高嶺の花を見上げている気分は拭い切れていなかったように思う。
こうして小十郎様が、私が知らない“普通”の姿を教えてくれる事が嬉しくて、何だか更に距離が縮まったような気がした。
「ふふ。よかったです」
「うん?」
「小十郎様が、学生時代普通の男の子だったんだって分かって、何だか嬉しいです」
学生時代の小十郎様はどんか感じたったのだろう。
今より若くて、もしかしたらもっとヤンチャだったのかもしれない。
私のような一般人と差ほど違わない姿を想像したら可愛らしくて、微笑ましくて緩む口元を中々抑えられそうに無かった。
「あ……、これ可愛い」
「うん?」
他愛ない会話を繰り返しながら、モール内を歩いていると、あるショップの前で思わず脚が止まる。
「水着……か?」
「はい! 」
夏が近くと新作の水着を取り扱った店舗が増えてくる。
今日はそれを狙って、買い物に来たと言っても過言では無かった。
「今年の社員旅行、グアムだってザビちゃんが言ってたので。買っておこうかなぁと思って」
「ああ……。」
上下セパレートのビキニタイプや、ワンピース型の水着、それこそ身体をすっぽりと隠すようなチュニックとショートパンツのセットまである。
店内にズラリと並んだ水着を眺めながら、その中からめぼしい物を探していく。
「あ、これなんか可愛く無いですか?」
「うん?」
ホルタータイプのビキニとパレオがセットになった大人っぽいデザインの水着を手に取り小十郎様を見上げる。
(これなら、小十郎様から見ても子どもっぽくないかな)
折角社員旅行に行くなら、小十郎様にも可愛いと思われたい。
そんな気持ちで水着を選ぶと、小十郎様は私とそれを見比べて優しく微笑んだ。
褒めてくれるのかな、と期待を抱いたのも束の間。
次の瞬間、私の期待は泡沫の如く弾けて消えた。
「言い忘れてたけど、弥彦には社員旅行は無いよ」
「……へ?」
その眩いほどの笑顔に似つかわしくない、残酷な言葉に思わずピタリと動きが止まる。
「お前が社員旅行に行っている間、政宗様はどうするんだ」
「あ……。」
確かに社長秘書兼食事係の私が社員旅行に行っている間、政宗様のお仕事のスケジューリングも食事を作る人間も居なくなってしまう。
そんな事、考えればすぐに分かる事だった筈なのに……。
「す、すみません……。私、勝手に浮かれていて」
「うん。だから、お前は社員旅行は無いよ」
「はい……。」
浮かれていた気持ちが急に萎んでいく。
置かれた立場を忘れていた自分が悪いのは分かっているけれど、どうしても気持ちの整理が直ぐには付かなかった。
さっきまで厳しい副社長では無い、小十郎様のやんちゃな部分や無邪気な素顔を垣間見た筈が、一つ職場が絡めばあっという間にいつもの仕事の顔に戻ってしまう。
プライベートのデートの筈なのに、なんだか凄く寂しくて、悲しかった。
「じゃあ、行こうか」
「はい……。」
しょんぼりしながら、手に持っていた水着を元の場所に戻そうとすると
途端に、ヒョイッとそれを取り上げられてしまった。
「えっ……!?」
突然の小十郎様の行動に驚いて、そちらを見上げると
私の選んだ水着を持った小十郎様がニッコリと笑みを浮かべていた。
「これでいいの?」
「え……、でも、社員旅行は行かないので……」
だから必要無い。
そう言おうとすると、小十郎様は悪戯っ子のように白い歯を覗かせた。
「社員旅行は無いけど、出張はあるから」
「へ……。」
何の事かが分からずキョトンとしてしまう。
そもそも、出張で何故水着が必要になるのだろうか……と疑問が湧いてくる。
「しゅ、出張……ですか?」
「うん。来月、モルディブ出張。お前も一緒に」
「えっ……ええっ!?」
「今度、奥州リゾートがモルディブにラグジュアリーホテルをオープンさせるから、その視察」
「も、モルディブ……?」
「そう。モルディブ」
「私も……ですか?」
「夜のパーティは、パートナー必須だから」
突然の事に頭がついて行かない。
モルディブとは、あのモルディブだろうか。
確かに奥州グループのリゾート開発部門で、南国のリゾートホテル開発が進んでいるとは聞いていたけれど、まさかそんな所に出張に行くなんて……。
「完全プライベートな水上コテージだから、グアムなんかよりきっと寛げると思うけど」
「あ……。」
「だからこれは、そこで着れば良いだろう。俺の前だけで」
そう言って、小十郎様はさっさと私の選んだ水着を持ってレジに向かう。
一瞬でも、学生時代の小十郎様に親近感を覚えたのも束の間。
やはり小十郎様は大企業の副社長なのだと思い知らされたのだった。
終わり
小十郎様の出張に一週間ついて行っても問題ないのに、2泊3日の社員旅行に行く事に問題がある筈がないと、気付かない弥彦(笑)
きっと、マンションに帰ってから新しい水着着てイチャイチャする。
小十郎「出張の前に、試しに着てみたら?水着(ニコニコ)」
弥彦「……ええっ……煤v