恋乱倉庫

□日々の疑問を聞いてみた【才蔵】
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「才蔵さん」


「何?」


「…雪さん」


「は?」


「蛍くん」


「…。」


私がぽつりぽつりと名前を上げると、それに応じて才蔵さんが小さく声を上げた。
しかし、私が才蔵さんを呼んでいる訳では無いと気付くと、片眉を微かに上げてつまらなそうな表情を作った。


しかし、私の思考は才蔵さんの表情よりも別のところにあった為にそれも大して気にならない。


「雪さん」


「…。」


「才蔵さん」


「…。」


「蛍くん」


「…さっきから何なの?」


もう一度名前を呼び直すと、先ほどは返事をしてくれなくなった「蛍くん」で、才蔵さんは酷く機嫌が悪そうに声を上げる。


誕生日を祝ってくれたり、才蔵さんの為に差し入れをしてくれたり(内容は内容だけど)、私から見ればそれなりに仲の良い三姉弟。
才蔵さん曰く血の繋がった他人らしいけれど、私には銀髪に緋色の瞳を持つ三人はやはり何処からどう見ても立派な姉弟な訳で…。


だからこそ気になる事が有る。


「才蔵さん…」


「…。」


今度はもう返事もしてくれない。
しかし、今のはれっきとした問いかけである為、もう一度その名前を呼んだ。


「才蔵さん」


「…。」


やはり、才蔵さんは面倒なのか私に視線をくれる事なく何かの書物に視線を落としてしまった。


「…才蔵さんだけなんで違うんですか?」


「…何が。」


めげずにそう言葉を紡ぐと、才蔵さんは視線はそのまま声だけで、すげなくそう答えてくれた。


「名前です」
「だから、何が」


「雪さん、才蔵さん、蛍くん…ほら!」
「…。」


「才蔵さんだけちょっと名前の毛色が違いません?」
「あー。そのことね」



才蔵さんは、納得したように言うと、やれやれと言ったふうに書物から顔を上げて私を見た。


「雪さんと蛍くん…なのに、どうして才蔵さんは才蔵さんなんですか?」


「知りたい?」


「はい」


何か聞いてはいけない理由があったらどうしようかと思ったが、意外にも教えてくれそうな雰囲気に、こくんと頷いた。


「じゃあ、団子」


「……たったさっき十本も食べたじゃないですか。あとは明日です」


「じゃあ、教えない」


「う…。」


しれっとそう言うと、才蔵さんはまた書物に視線を落としてしまった。
なんて意地悪な…!と思いながら唇を尖らせて居ると、才蔵さんがいつの間にか顔を上げて楽しそうに笑っていた。


「タコにでもなる気?」
「なりません!」


からかう様な言い草に恥ずかしくなってしまい、頬を赤らめながら言い返すと、才蔵さんは困ったように苦笑する。


「…本当に仕方ないね」
「え!教えてくれるんですか?」


「雪も蛍も幼名。というか、里での名前」
「…??」
「伊賀の忍は仕える先が決まると忍としての名前が与えられる」


「そうなんですか?」


「清広が一番分かりやすいでしょ。通り名は清広。忍としての名前は服部半蔵」


「あ…。そうですね」
「佐助も真田に仕えてるから、猿飛佐助って名前が与えられてる」
「え、じゃあ佐助くんの里での名前は?」
「忘れた。太郎とか次郎とかそんなんじゃない?」
「…わ、忘れたって…」


仮にも弟子なのにそんな冷たい事って有るのだろうか。


「じゃ、じゃあ、才蔵さんも幸村様にお仕えする前は別のお名前があったんですね」


「そ。納得した?」


「で、そのお名前は?」


「さあ?」


「さぁって…!そこが一番重要なんですけど!!」


「…太郎とか次郎とかそんなんでしょ」


「絶対違いますっ!きっと春っぽいお名前だと思うんです!」


「…。」


「あ!図星ですね?」


「…さぁね」


「なんだろう〜!春っぽい一文字の名前!」


「…なんで一文字なのさ」


「雪さんも蛍くんも一文字だからです。きっと才蔵さんも一文字の春っぽいお名前だと思うんですよね」


「…。」


「でも、春っぽい一文字って…桜とか、春とか…」


「女みたいなんだけど」


「確かに…あとは、木蓮、楓、蘭、椿…」


「木蓮に関しては二文字なんだけど」


「うーん…他に思いつかないです」


「残念」


「えー!教えてくださいよー!」


「いやだね」


「なんでですか!」


「俺に何の得があるの」


「そ、損得の問題じゃないですよ!」


「じゃあ、どんな問題なの」


「え…だって好きな人の事なら、何でも知りたいじゃないですか…」


「…。」


「才蔵さん…?」


「なら…教えてあげるよ」


「えっ! 教えてくれるんですか!」


思ったよりもあっさりと教えてくれると言い出した才蔵さんに驚いて、目をパチパチさせた。しかし、才蔵さんはニヤリと笑い私の腰を抱き寄せる。


「褥の中でたっぷりと、ね」
「やっ…! えっ、 ちょっ… きゃっ…!」


すぐさま背中に畳が付いて、笑顔の才蔵さんが覆いかぶさってきた。


「俺の事なら何でも知りたいんでしょ?」
「そっ…そうですけどっ…ひぁ! あんっ…」






結局、才蔵さんの名前は分からず終いだった。













日々の疑問を聞いてみた。

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