理由はいらない

□第8話(完)
1ページ/10ページ

そうして俺は晴臣先輩と一度別れて家に帰ってからまた晴臣先輩の家にやってきたのだが。

「晴臣先輩…っ。ちょっ、ちょっとっ。話しをしたいので離れて下さい」

俺は以前晴臣先輩の家に来た時のように、晴臣先輩に背中から包み込むように抱きしめられている。

久しぶりに晴臣先輩の体温を感じて嬉しいけどあの時の行為を思い出してしまってやっぱり恥ずかしくなる。
聞けば晴臣先輩の両親は共働きでいつも帰って来るのが遅いらしいし。

というか、背中になんかあたってる気がする…っ。
いや、今は気にしないことにしようっ。うん。

「は、話しにくいですからっ」
「やだ。つかまえてないと幸也逃げるもん」
「逃げませんよ…っ」

晴臣先輩の俺を抱きしめる手に力がこもる。

「もう、逃げませんってば。勝手に離れないって約束したでしょ?」
「…っ」

俺にギュウギュウ抱きつく晴臣先輩は体は大きいのになんかちょっと子供みたいで可愛いかも。
こんな姿俺だけしか知らないよな、きっとっ。

俺は安心させるように晴臣先輩の手をギュッと握った。

「…すみません、俺が不安にさせたんですよね。俺だけが不安だと思ってました」
「…。幸也に避けられて俺が不安にならないとでも思ったのかよ。
メールや電話はそっけないし。
朝靴箱まで会いに行ったのに避けられるしっ」
「そ、その節はすみませんでした。もう、しませんから」

抱きしめられたまま頭を下げる。

「俺、マジで幸也がいねーと駄目だから。
前は1人でも平気だったのに。俺をこんな風にしたのは幸也のせいだからなっ。
こんなに好きにさせたんだから責任とれよな」
「…っ、」

晴臣先輩が後ろから俺の肩に顔をうずめる。柔らかい髪の毛が頬に当たってピクッとしてしまう。

晴臣先輩も俺と同じだったのか?
不安に思ってくれたのか?
俺と同じように…。
そう思ったら不謹慎だけど嬉しくて顔がほころぶ。

「…でも、俺が先に不安にさせたんだよな。…悪かった」
「晴臣先輩?」

耳元から聞こえる晴臣先輩の声が少し震えていた。

「俺が卒業して、大学に行ったらもう幸也となかなか会えなくなるじゃん。
でも幸也と離れるなんて考えたくなかった。寂しい、なんてかっこ悪くて言えなかった。
っは、自分がこんなに臆病だとは思わなかったんだけどな」
「…っ」

晴臣先輩がそんなことを思っていたなんて。全然わからなかった。
…でも俺だって怖がってばかりで自分の気持ちをちゃんと伝えてないよな。

拳をギュッとにぎる。

「晴臣先輩っ、俺の方こそすみませんでした。
こんなこと言っていいのかわかんなくてっ。俺の気持ちなんて重いんじゃないか、負担になるんじゃないかっ、て」
「幸也?」

ほんとはずっと言いたかった。
いつだってすがりつきたかった。

「…っ。寂しいです。晴臣先輩が遠くに行っちゃうなんて寂しい…っ。
ほんとは大学になんて行ってほしくない。ずっと俺のそばにいてほしいっ。
も、もちろんそんなの無理だってわかってます。
だから、会いに行きたいしっ、俺に会いに来てほしい…っ。
…っ。離れても俺のこと変わらずに好きでいてくれるってちゃんと言ってほしいっ」
「…っ。幸也…」
 
泣きたくなんてなかったのに思わず涙が出そうになるから目をギュッと瞑って俯く。

「こっち向いて。顔見せて」
「…っ、」

晴臣先輩の手がゆるめられたから晴臣先輩に向き合うようにのそのそと座り直す。
正面から見た晴臣先輩の瞳は揺らいで見えた。

「幸也。好きだよ。気持ちが変わることなんてねーよ。
っはは、俺達同じこと思ってたんだな。
絶対会いに行くから。離れても幸也のことが好きだから。
幸也も絶対俺のこと好きでいろよな」
「もっ、もちろんですよっ。晴臣先輩のことがずっと好きだよ。俺も会いに行くっ」

やっと、言えた。やっと気持ちが通じ合った…っ。

晴臣先輩の手が優しく俺の頬をつつむ。どちらともなく顔を近づけるとキスをした。

「ん…、あっ」

優しいキス。もっとしたかったのに晴臣先輩の唇が離れて寂しい。

「それで?俺に話があるんだろ」
「…え?」
「今ので終わりじゃないんだろ?学校で話があるって言ってたじゃん…」

晴臣先輩の瞳が不安そうに揺れている。

そうだった。能力が無くなったこと言わなきゃ…。

「は、はい。話って言うのは…、」

とうとう言う時がきちゃった。
緊張する。覚悟を決めて来たはずなのに。
俺の能力が無くなったって知ったらどう思うんだろうか。やっぱりガッカリ、するかな…。

なかなか話し出せない俺を晴臣先輩がじっと待つ。時計の音だけが部屋に響いていた。
俺はゴクリと唾を呑んだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ