理由はいらない

□第6話
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文化祭のメイド喫茶も大成功のうちに終わって数日が経つ。
盛り上がっていたクラスメート達も段々落ち着いてきて日常に戻りつつあった。

俺以外は、だが。

文化祭のあの日。生徒会室で晴臣先輩とあんなことがあった後、なんとかして気持ちを落ち着けてクラスに戻ったんだが、はっきり言ってあの後文化祭をどうやって過ごしたのかあまり覚えていない。

だって、無理でしょっ。あんなことしちゃって。
晴臣先輩と両想いになれたことはめちゃくちゃ嬉しいが、頭がついていかない。
だってだってっ!晴臣先輩のくっ、口に…っ!
思い出すだけで恥ずかしくて泣きたくなるのだった。

「幸也ー。ほら、文化祭の写真できたって」
「えっ、あ、サンキュ」

駄目だ、なるべく思い出さないようにしなければっ。頭を振って残像を消し去る。

今は昼休みで、クラスメート達が文化祭の写真を見せ合ったり交換したりしていた。
俺も誠から文化祭の時の写真を受け取る。

「ぶっっ!!」
「わっ、なんだよっ、びっくりした」

渡された写真にはメイド姿の俺が写っていて。
この格好を見ると嫌でもあの時のことを思い出してしまうっ。

「だーっ、もうっ、見たくないっ!」
「なんだよ、可愛く撮れてんじゃんか。今さら何恥ずかしがってんだよ−」

うぅ、恥ずかしい…。俺は顔を両手で覆った。

「山瀬ー、2人で撮ったやつもあるよ。あげるー」
「あ、長谷川っ」

肩をたたかれて顔を上げるとニコニコとした長谷川が立っていた。
くそっ、晴臣先輩があんなことしたのは元はといえば長谷川のせいじゃないか?
ん?いや、長谷川のおかげ、と言うべきか?
もうよくわからんっ!

「山瀬?写真いらない?」
「…いや、いる。ありがと」

まぁこいつは悪くないか。

「あっ、でも山瀬は姉ちゃんがたくさん写真撮ってたから良かったよな」
「…っ!!」

それも思い出したくなかったのにっ!!
俺は今度こそ頭を抱えて机に突っ伏してしまったのだった。

「よくわからんが、そっとしておいてやろうぜ」

誠がそう言うと長谷川と共に立ち去った。
すまんな、情緒不安定で…。

「はぁ…」

俺は頭を机に乗せたまま、制服のポケットから携帯を取り出す。
あの日から晴臣先輩とは短いメールを何度かやり取りしている。

『もう仕事落ち着いたから朝来いよな』

これは昨日の晴臣先輩からのメール。
俺は『じゃあそのうち行きます』とだけ返事して、今日は行かなかった。

行きたいけどなんか行けなくて。
やっぱ、恥ずかしいし。

でも、もうすぐ晴臣先輩が生徒会長を引退したら、あの部屋で会うことはなくなる。
なんだかんだで生徒会室での時間は俺にとっては大事だった。
そう思うと、時間を無駄にできない気がしてきて。

『明日の朝、行きます』

晴臣先輩にそうメールして、熱くなった顔を隠すようにまた両腕に顔を沈めた。
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