理由はいらない

□第5話
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あれから晴臣先輩とちゃんと話がしたいと思ってたのに、最近晴臣先輩はやたらと忙しそうでなかなかゆっくり話ができていない。

というのも実は、すっかり忘れていたんだが、もうすぐ我が校の文化祭の時期なんだよね。
うちのクラスもこの前何をするか決めて、後は案が通るか待っているところだ。

で、一応今朝もいつものように生徒会室に来てるんだけど。

おお、すごい…。

黙々と仕事をしている晴臣先輩の頭上のモヤはとぐろを巻くように黒々としていてちょっと怖い。
俺の力が少しでも役に立ってたら嬉しいんだけど。どうなんだろ。

「そうだ、山瀬君」
「はい、なんですか?」

宮沢先輩も最近は毎日のように来ている。

「大変残念なのですが、もうすぐ本格的に忙しくなるので、朝も他の役員の子達とかに来てもらうことになりそうなんです。それで…」
「そ、そうなんですか」

それじゃあ俺はしばらくここには来ない方がいいってことだよな。
宮沢先輩は言いにくそうにしてるが、大丈夫、俺だってそのぐらい分かる。

「わかりました。じゃあ文化祭が終わるまではここには来ないようにしますね」
「すみません、申し訳ない」
「いえいえっ!俺なんかがいた邪魔ですし、そもそも部外者ですからっ。大丈夫です。分かってますから」

気を使わないで下さい、と伝わるように笑顔を作る。
本当は晴臣先輩に会えなくなるのはかなりショックだが、文化祭になったらたぶんこうなるって分かってたし。

「俺は別に来てくれていーけど」

晴臣先輩は俺の方を見てそう言うが、ほんとのところはそう思っていないと思う。
だって、生徒会長として皆の為に文化祭を良くしたいはすだ。
そのためには生徒会とか文化祭の実行委員とか皆で頑張らなくちゃいけないだろ。
晴臣先輩と宮沢先輩はともかく、他の役員の人達にとっては俺は迷惑以外の何者でもない。
それじゃあいい仕事なんてできないじゃん。

「晴臣先輩、駄目ですよ。何言ってるんですか。
俺ここには来れないけど陰ながら応援してますから。頑張って下さいね」
「…」

晴臣先輩は俺があっさりと来ないことにしたのが不満なのか、微妙な顔をする。

「俺と会えなくてもいーのかよ」
「…っ。別に…」

いいわけないじゃん。毎朝会ってたのに会えなくなるなんてさ。
会いたいに決まってるし。

「…寂しいですよ、そりゃ。
でも頑張って下さいね。俺もクラスの出し物頑張りますし、文化祭楽しみにしてますから」
「…っ。ああ」

頑張って下さいよ。晴臣先輩。
わかんないけどさ、たぶん生徒会長としての最後の大きな仕事なんじゃないの?俺は何にも手伝えないけど、晴臣先輩ならきっと大丈夫だ。

「…ほら、しばらく会えないんだからしっかり癒やしていけよ」
「はいはい」

はぁ、しばらく会えない、か。寂しい。晴臣先輩も少しは寂しいって思ってくれてるんだろうか。

「頑張って下さいね。体には気をつけて」
「ん」

晴臣先輩に近づき頭を撫でる。この柔らかい髪の毛の感触もしばらく味わえないのか。思ってたより辛いかも。
ていうか、文化祭が終わってもここに来てもいいのかな。
しばらく会わないうちに俺のことなんか忘れちゃうかも。俺なんかいなくても平気だってバレちゃうかも。
文化祭が終わったら、もう来なくても大丈夫って言われたりして。

そんなこと思ったら辛くて俯いてしまう。

「幸也?」

様子のおかしい俺に気づいて晴臣先輩が顔をのぞき込んでくる。

「…晴臣先輩。俺のこと忘れないで下さいね」
「は?忘れるわけ…、」


ーぎゅっ。


「そっ、それじゃあまた!」
「…えっ、ちょっと、幸也っ」

俺は一瞬晴臣先輩に抱きつくと逃げるように立ち去った。
やっべー!宮沢先輩もいてるのに俺ってばなんてことをっ!!顔が燃えるように熱いっ。

「文化祭っ、楽しみましょうねっ!」

俺は生徒会室を出る時にそう言って一瞬だけ振り返った。最後に見た晴臣先輩の顔は…赤かった。
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