欲しいものは1つだけ

□第9話
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どうしようー…。

家の前に喜一がいるとわかって、俺はその場から動けなかった。
だってこんな急に会うことになるとは思わなかったから。喜一と話すには心の準備が必要なのに…。

喜一は俺の家の前に座り込んでいて、ドアにもたれたまま目を閉じているようだ。
立てた膝の上に置かれた手には携帯が握られていた。

「…」

そういえば最近は緊張してばっかりだったから、ろくに喜一の顔を見てなかったな。

喜一が目を閉じているから、久々にその整った横顔をじっと見つめた。

ほんとはこのまま回れ右して立ち去ってしまいたい。
でも逃げてはいられないし、喜一と話しがしたい。
喜一のことだから目を閉じてはいても足音や匂いで俺が帰ってきたことはきっとわかっているはずだし。

覚悟を決めるように、拳をギュッと握った。

そうしてドキドキと煩い自分の胸をどうにか落ち着かせると、アパートの2階へと続く残りの階段をゆっくりと上っていった。

「喜一、」

喜一の名前を呼びかける。
すると喜一の獣耳が小さくピクリと動いた。喜一の顔がこちらを向いて切れ長の目が俺を捉える。
あの目に見られていると思うだけでまたドキドキしそうになる。

「和真。帰ってきたんだな。おかえり」
「う、うん。喜一来てたんだね」

なんとか笑顔を作ると、固まりそうになる足をどうにか動かして喜一の目の前までやってきた。

「喜一俺のこと待ってたの?一体いつから…」
「んー、昼過ぎぐらいかな。和真に電話したのに出ないし、メールの返事もないし気になって来ちゃった」
「電話…?あっ、ごめん。携帯は家に忘れちゃってるや」

ズボンのポケットを探るが携帯が入っていない。
出かける前にベッドの枕元に置いたのは覚えている。たぶんあのままベッドの上に転がっているのだろう。

「そっか。ならしゃーねーな」

ドアの前で座り込んでいた喜一が立ち上がってズボンの後ろをパンパンと払った。

「で、どこ行ってたの?」
「どこって…。今日は…、あっ」

今日はバイトが休みだから出かけてた、と言いそうになってハッとした。

そういえば俺、喜一に今日はバイトがあるって嘘をついていたんだった。それなのにふらふら出かけたりしてて変に思われたかな。

どうしよう。でも確かバイトが何時からだとまでは言ってないし、夕方からだって嘘をつく?
…でももう嘘はつきたくない。

俺が悩んで少し俯いていると、喜一が俺の顔を覗き込んできてニコッと笑った。

「大丈夫。知ってるよ。今日バイト休みなんだろ?」
「えっ、なんで知って…」

パッと顔を上げる。

「だって和真は嘘つくの下手だもん。昨日和真が明日はバイトだって言った時、嘘だってすぐわかったし」
「…そっ、そうだったのっ?」

俺が嘘ついたってわかってたんだ。

目の前の喜一は笑っているけど…。でももしかしたら怒ってるのかもしれない。それとも呆れてる?
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