欲しいものは1つだけ

□第8話
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喜一にキスをされたあの日から数日経った。

例え冗談だとしてもあんなことをしてしまって、俺と喜一の関係も何かが変わってしまうんじゃないかって俺は思ってた。

でも表面上は特に何も変わってはいなかった。
喜一は前と何も変わらず普通に話しかけてくるし、あのキスについても何も言ってこない。
気にはなりながらも俺も聞けてはいなかった。だってあまりにも喜一が普通すぎるから…。

キスをされた次の日だって喜一はいつものように普通に話しかけてきて。
俺は喜一と次会った時にどんな顔をしたらいいんだろうって、夜も眠れずに緊張で心臓バクバクだったというのに…。

きっと喜一にとってはなんでもなかったんだ。ただのスキンシップの延長みたいなもので。
それか、やっぱりからかわれただけ。

どちらにせよ、前みたいにいつも通りでいられるのならそれでいいんだけど…。

「あー腹減った。何食おうかなー。テーブルどこ座る?まぁいつもんとこらへんでいっか」
「っあ、うん。そうだね」

ぼんやり考え事をしていたのも束の間、亮太に話しかけられて我に返る。

今日の昼は弁当も持ってきていなかったし、亮太と食堂で食べることにしたのだった。

スタスタと食堂内に入って行く亮太の後ろで、食堂内をキョロキョロと見渡して喜一がいないことをそっと確かめた。

はぁ…よかった。喜一はいないみたいだ。

安心してホッと胸をなで下ろした。

だって実際の所は“前みたいにいつも通りで”なんて俺には無理だったから。
喜一にとってはなんでもないことでも、俺にとっては違う。そう簡単に気持ちを切り替えたりできるわけなんてなかった。

だってあんな…、キスなんて俺は初めてだったのに…っ。

「あれ、和真どうしたの?顔赤いけど 」
「えっ、ううん、なんでもないよっ」
「そう?」

うぅ、恥ずかしい…。

あれから度々あの時のことを思い出してはこうして頬が熱くなってしまっていた。
だからどうしても喜一本人と会うのは恥ずかしくて俺はできるだけ避けるようにしていたのだった。

「さっ、食券買いに行こうぜー」
「あ、うん」

亮太が空いていた4人がけのテーブルに鞄を置いた。俺もそこに鞄を置くと、昼ご飯を買いに行くために財布を持ってその場を離れた。

そうしてそれぞれ昼ご飯を買った俺と亮太はご飯の乗ったトレーを持ってさっき自分達の鞄を置いたテーブルまで戻ってきたんだけど…

「やっほー、お2人さん」
「あれー、九重じゃん。何してんの」

喜一がゆったりと足を組んで、俺達の鞄が置いてあるテーブル席の椅子の1つに座っていた。

「…っ」

まさか今会うとは思わなかった…っ。
心の準備ができていないまま喜一の姿を見てしまったからドキンと大きく心臓が跳ねた。

「あれ、和真今日は弁当じゃないんだー」
「うっ、うん」

俺に話しかけてくる喜一はやはりいつもと変わりなく見える。

…俺も平静を装わなきゃ…。

椅子に座った亮太に続いて俺も静かに椅子に座る。
亮太が喜一の隣に座ったから、俺は喜一の斜め前に座ることになった。

「ここにいるってことは九重も学食かー。1人でいるの珍しいじゃん」
「あぁ。今友達と待ち合わせてんだけど、まだ来てないみたいでさ。そしたらお前らの鞄見つけたから邪魔しに来たってわけ」
「そっか。んじゃここで待ってたらいいじゃん」

喜一が俺のところによく来るから、亮太ともすっかり仲良くなったみたいで親しげに喋っている。

「…」

対して俺は喜一の顔が上手く見られなくて俯いた。

喜一を見ていると顔が赤くなりそうだったし、喜一はなんとも思ってないのに自分だけが意識していると思うと、とてつもなく恥ずかしかったから。
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