欲しいものは1つだけ
□第5話
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その日俺は目覚まし時計がまだ鳴らないうちに、カーテンの隙間から差し込む朝日に目を覚ました。
「んんー…もう朝か…」
目は覚めてしまったけど動く気が起きなくて、目をこするともう一度布団に潜り込む。
知らず握りしめていた手の平を開くと汗がじっとりと滲んでいた。
はぁ…久しぶりにあの夢を見たな。最近では見なくなっていたのに。
…俺には昔からよく見る夢があった。
見る場面はいつも同じ。幼稚園ぐらいだろうか、夢の中の俺はまだ小さい。
その小さな俺の小さな手を母親ではない女の人が握っていて、暗い山の中を手を引かれてゆっくりと歩いているという夢。
その夢の中で自分の足元を見ると怪我でもしたのだろうか、膝上から血が流れていて。でも痛みは感じない。
暗い山道を歩いているのに俺には何故だか不安は無かった。つないでいる女の人の手をギュッと握りしめていると暖かくて安心できたんだ。
そうして山道を歩いて辿り着いた先は山の麓。
そこは俺が昔少しだけだったけど家族皆で住んでいた村だ。父さん方の婆ちゃんち。婆ちゃんに父さん、母さんに俺と妹。あの頃はまだ母さんもいたっけ…。
今はもう婆ちゃんも亡くなってしまってその家も残っていないけど。
ーさぁ帰りなさい。ここからなら道も分かるでしょう。危ないからもうこっち側には来ちゃ駄目よー
夢の中で村に着くと女の人が優しく微笑んで俺の背中を軽く押す。
二、三歩進んで振り返るとその女の人はもういなかった。
ふらふらと家まで辿り着いたら、玄関から血相を変えて飛び出してきた母さんに抱きしめられて…。
と、いつもこの辺りで目が覚める。
優しく微笑んだあの綺麗な女の人は誰だったのか。
どうして暗い山道で手を繋いで歩いていたのか。
繋いだ手の感触は本当に現実ではなかったのか。
どう考えたって夢のはずなのに、現実にあったことなんじゃないかと思えるような不思議な夢だった。
小さい頃のことはほとんど覚えていないし、確認しようもないけどさ。
…まぁ考えていても仕方がないよな。
「はぁ…起きるか」
久しぶりにあの夢を見たからかしばらく余韻に浸ってしまっていたが、もう一度寝る気も起こらない。
今日は講義が昼からだからもっと寝ていてもよかったんだけどなぁ。ちょっと損した気分だ。
「ふわぁ…、っと」
布団の中でぐぐっと大きく伸びをすると、仕方なくもぞもぞとベッドから抜け出した。