欲しいものは1つだけ

□第9話
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「喜一っ、もぅ、ちょっと離れてよ」
「それはともかく。今日はどこに行ってたの?何してたのか教えてよ」
「え…、今日?」

すぐ間近から聞こえる喜一の声にドキドキしてきてしまった。頬に当たる獣耳がくすぐったい。

意識してしまわないように、コホンと咳払いをした。

「え、えっと。教えてって言われても大したことはしてないよ?
午前中はずっと家にいたし、午後からは喜一にメールもできなかったからぶらっと駅前に行ってただけで」
「1人でか?」
「うん。そうだよ。
それでほら、これ。DVD借りてきたんだ。それだけだよ」
「…それだけ?嘘ばっかり。和真からあいつの匂いがするし」
「…えっ」

あいつって…。

喜一が俺の肩から頭を離すと、俺の方に体を向けた。

「さっきドアの前で和真から嫌な匂いがした。これはあいつの匂いだ。
あの狸と会ってたんだろ。なんで隠すわけ?」
「それは…」

狸…。やっぱり木山君のことか。
確かに木山君には会ったけど。でも言わなかったのには大した意味はない。
喜一は木山君と何故か仲が悪いみたいだから敢えて言わなかっただけで。
でもなんでそんなことを気にするんだろう?

「それは、何?あいつと会って何してたか説明してよ」

喜一は笑ってはいるけど、目はスッと細められて冷たさを感じる。正面から見つめられて逃げられない。

でも後ろめたいことなんて何もないし、逃げる必要は無いわけで。
ギュッと拳を握ると、視線をそらさずに俺も見つめ返した。

「木山君とは偶然会っただけで。別に隠してたわけじゃないよ?喜一は木山君のことあんまりよく思ってないみたいだったから言わなかっただけで…。でも、言わなかったのは隠したみたいで感じ悪かったよね…ごめん」
「…」
「木山君とは一緒に買い物に行っただけなんだよ。木山君の妹さんへのプレゼントを買うのを手伝ったんだ。ほんとにそれだけで…」

すぐ目の前にある喜一の瞳がギラ、と光る。

「じゃあなんで和真にあいつの匂いが付いてんの?密着でもしなきゃそんな風に匂わねーし」
「み、密着って、そんなことしないよ。
…あっ、待てよ。あれかも…」
「あれ、ってなんだよ」
「えっと…なんていうのかな。
買い物が終わった後ちょっと一緒に喋ったんだけどさ。
話しの流れでハグされたんだよ。兄弟同士のハグ、みたいな?」

説明しようとするけど、実際のところは俺にもよくわからない。木山君の様子がおかしかったような気はするけど…。

喜一は眉を寄せると怪訝な顔をした。

「…はぁ?兄弟同士ってなんだよ。全然意味わかんねーし」
「それは…えっと、だから話しの流れとゆうか。
とにかくっ、上手く言えないけどほんとに木山君とはなんでもないんだから」

そうは言ってもやはり納得できないみたいで喜一が探るようにじとっと見つめてきた。
うー、どうしよう。困ったな…。

「っていうか、喜一はなんでそんなこと気にするの?木山君の匂いがついてたぐらいでさ。あ、木山君の匂いが嫌いなの?」

困った俺がそう言うと喜一が俺の腕をギュッと掴んできた。

「は?なんでそうなんの。和真はほんとわかってねーなぁ。
俺はあいつがお前のことを狙ってるから…。
いや、とにかく俺は和真にはあいつとは仲良くしてほしくないんだって」
「そ、そんなことはできないよ。バイトだって一緒だし、木山君はいい奴だし、」

理由もなく木山君を避けることなんて俺にはできないよ。
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