欲しいものは1つだけ

□第9話
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家の中に入ると、もはや定位置となったのか喜一がベッドを背にして床に座った。
でもやはりどこか少し様子がおかしい。何かに苛立っているような…。

俺は借りてきたDVDの入った鞄を床に置くと、座ることもできずにウロウロとした。

「は、はは。今日は暑いね…。窓でも開けよっか」
「…」

…し、静かだ。

いつもだったら喜一の方から喋ってくるのに、今は黙り込んでいるし。
たぶん原因はさっきのだ。
さっき…俺の匂いを嗅いでから様子が変になった気がする。

…もしかしてなんか臭かったのかな?人混みの中を歩いてきたし。
あっ、そういえば喜一はタバコとか香水の匂いが苦手だって言ってたっけ。

「喜一、ちょっと着替えてもいい?えっと…汗掻いたし」
「…どうぞ」

そっか。俺にはわからないけどなんか嫌な匂いがついているのかも。

「よっ、と」

他に部屋があるわけでもなく、その場で着ていた服を脱ぎ始める。
すると視線を感じた気がしてチラッと喜一の方を見るがパッと視線をそらされた。

…?なんだろう?まぁいっか。

ゆったりとした大きめのTシャツに着替え終わると、喜一から少し離れたところに静かに座った。

「えっと…、何か飲む?暑いから麦茶でも…」
「いや、今はいい」
「そ、そっか」

喜一はテーブルに頬杖をついてただじっと俺を見つめている。

「テレビつけようか?」
「いい」

うー、会話が弾まない。

「あっ、そうだ。DVD借りてきたって言ったよね、見る?
2枚借りてきたんだけどさ、どっちにしようか。喜一の好みに合うかわかんないけど…、」

説明しようとして鞄からDVDを取り出すけど。

「いいから」
「…っ」

喜一の冷たい声色に思わずビクッとなった。俺が勝手に1人で空回りしているようだ。
手に持ったDVDを静かにテーブルの上に置く。

「はは…。俺うるさかった?ごめん…」

服の匂いは関係なかったみたいだ。
やっぱり嘘をついたことを怒っているのだろうか。そりゃそうだよな…。
何も言えなくなって唇をキュッと噛みしめる。

そんな俺の様子を見て喜一が焦ったように口を開いた。

「っあー、悪い。違うんだ。別に和真に怒ってるわけじゃないから」
「…え」

喜一が自分の髪の毛をくしゃっとする。

「今の態度は俺が悪かった。和真にそんな顔させるために来たんじゃねーのに何やってんだろ、俺。
はぁ…和真ちょっとこっちに来て」

喜一が自分の座っている隣のスペースをポンポンと叩いた。

「えっと…、」
「和真?おいで」

俺が戸惑っているからか、安心させるよう喜一が優しく笑った。

「う、うん…」

その笑顔を見た俺はちょっと安心して、言う通りに喜一のそばに行くと隣に座った。

すると喜一がへなっと俺の肩に寄りかかってきた。

「冷たくしてごめん。怒ってるんじゃないから。これは…あれだ。そう、ただの嫉妬だから」

えっ、今嫉妬って言った…?

「嫉妬ってなんで…、」

ふと喜一の方を向こうとしてギシ、と固まった。思いがけず喜一の顔がすごく近くにあったから。

っわ、びっくりしたぁ…っ。

パッと顔の向きを元に戻す。顔が赤くなってなかったらいいんだけど…っ。
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