欲しいものは1つだけ

□第8話
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「はぁ…。んじゃ俺向こう行くわ」

喜一がため息をつくと、亮太と入れ替わるようにして椅子から立ち上がった。
立ち去ろうとして俺の方を振り返った。

「そうだ。和真」
「な、何?」
「明日の土曜日さ、バイトあんの?どっか遊びにでも行かねー?まだ話したいことあるし…」
「あ、明日?明日は…バイトがあるから…。えっと…ごめん」
「…そっか。んじゃまたメールでもするわ」
「…うん」

俺は俯いていて喜一の顔が見られなかったから、喜一がどんな顔をしていたのかわからなかった。
喜一が立ち去って、足音が小さくなってからようやく顔を上げた。

「和真」
「っあ、何?」

亮太に呼ばれてハッとしたように顔を上げた。

「いいのか?あんな嘘ついて。
お前明日はバイト休みだって言ってなかったっけ」
「あー…、うん。いいんだ」

曖昧に笑ってごまかした。

そう、ほんとは明日はバイトなんてなかった。
でも喜一と2人きりで会うのはやっぱり緊張するし、今の状態は俺が気まずい。喜一だって俺がこんなだったら気まずいだろう。
話しがあるって言ってたのはちょっと気になるけど…。

「そっか。でも…俺が聞いてもいいのかわかんないけどさ、なんかここ最近九重が近くに来ると様子が変だけど…。大丈夫か?もしかして喧嘩でもしたのか?」

亮太がご飯にも手をつけずに心配そうに俺を見ている。
隠していたつもりだったけど、やっぱり亮太には気づかれていたみたいだ。

「いや…別に喧嘩とかじゃないんだけど。俺、最近喜一の考えてることがよくわかんなくなってきてさ…。
この前のキスマークのこともそうだし、俺のこと変にからかってくるしさ…」
「うん」

さすがにキスをされたことは言えないけどどうにか今の気持ちを亮太に説明しようとする。

「いや、違うな。そうじゃなくて…。
えっと、わからないのは喜一のこともだけど、自分のこともなんだ。
喜一と一緒にいると今までと違う感情が出てきて…ドキドキしたり、恥ずかしくなったり。自分が変になっちゃってどうしたらいいのかがわからなくなるというか。んー、どう言ったらいいのかな…」

あぁ駄目だ。上手く説明できない。自分でも何を言っているんだろうと思う。
困ったように唸る俺を見て、亮太は微笑ましく見守っているような表情をしている。

「ははっ、悩んでるみたいだな。
でもそっかそっかぁ。和真がねぇ…」
「何?何かわかるの?」
「いや、こればっかりは自分で気づかなくっちゃ。俺からは何も言えないよ。
でもとりあえずさ、わからないならお互いに話し合ってみたら?
和真がそう思ってるってこと、ちゃんと話したことあるの?」
「それは…ない」

なんだかハッとした。
俺はいつも自分の頭の中で色々考えては勝手に頭を悩ませているけど。
喜一の言動をわけがわかんないと思いながらも、俺だって自分が思っていることを喜一に言ったことなんてないから。

「一度ちゃんと喜一と話してみろよ。そしたら何か少しはわかるかもよー?」

亮太が意味深にニコッと笑った。

「うん、そうだよな。俺、喜一と話しをしてみる。なんか亮太にはいつも心配かけてるよな。ごめん、ありがとうな」
「へへ、いいって。よっし、さぁ飯飯ー。冷める前に食おうぜ」
「うん」

そうだよな。わからない、なんて言ってないでちゃんと話しをしてみようか。

ふと向こうを見ると、ここからでも友達の中で笑っている喜一の姿が見えた。人気者の喜一。明るくて華やかな場所がよく似合う。
喜一にはああいう人達が似合っているってよくわかってる。

よくわかってはいるけど、俺も喜一のそばにいたい。
からかわれるのはちょっと困るけど。それでもいいから俺も友達の1人でいさせてほしい。

いつだって諦めてきたから、こんなことを誰かに思うなんて初めてだった。
俺らしくないなとも思う。でも喜一のそばにいられることは諦めたくなかった。

…明日。勇気を出して連絡してみよう。

ちゃんと話しがしたい。喜一の考えてることを知りたい。

初めてそう思った。
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