欲しいものは1つだけ

□第8話
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喜一はそんな俺の様子には気づいていないのか、のんびりとした様子でテーブルに頬杖をつきながら亮太のトレーを横から覗き込んだ。

「お前ら何食うのー?あ、それ今日の日替わり?美味そうじゃん。俺もそれにしよっかな」
「あぁ。前食ったけど美味いよ、これ。
この大学の最大のいいとこは食堂の飯が美味いとこだよな」
「はは、確かにー」

亮太がいてくれてよかった。このまま2人で喋っててくれたら助かる。

亮太と喜一が楽しそうに喋っているのを横目に俺はもそもそとご飯を食べ始めたんだけど。

「まぁでも俺は和真の作った飯の方が美味いと思うけどな」
「へっ!?あ…いや、そんなことはないけど」

急に喜一がこっちに話しを振ってきたからビクッと驚いてしまった。

「へー、いいな九重。和真の作ったご飯食べたことあるんだ」
「まーねぇ。和真、また作ってくれよな」
「う、うん…」

喜一がニコニコと笑顔で俺を見つめてくる。

…俺も自分では笑っているつもりだけど上手く笑えているだろうか。

最近では喜一と話す時は顔が赤くならないように気を引き締めることが癖になってしまった。

見られていると思うだけで恥ずかしい。再び視線を手元に落とした。

と、その時カタンと亮太が席を立った。

「そういや俺水取ってくんの忘れたからちょっと取ってくるわ。
和真もだろ?ついでに取ってくるな」
「え…、あぁっ、」

今は喜一と2人きりにしないでほしい…っ。

そんな俺の思いなど届くはずもなく、亮太が水を取りに行ってしまった。

その場に残された俺と喜一。
チラッと喜一を見るとまだニコニコして俺を見ている。

「…っ」

また思わずパッと視線をそらしてしまった。
うぅ、…気まずい。2人きりになるなんてあのキスの時以来か。
今まではなんとか亮太がいたから大丈夫だったけど。

「なぁ、和真ー」
「ひゃっ、何っ?」

喜一に呼ばれて緊張で声がちょっと裏返る。
そんな俺を見て喜一はちょっと困ったように笑った。

「はは、やっぱ緊張してんなー」
「…っ!だっ、だって…っ」

喜一のせいじゃないか。

「大丈夫だって、大学ではなんもしないって。
あの時のこと、俺だってちょっとは反省してるんだから」
「…え」

…あの時の話しに触れたのは今日が初めてだった。

俺は手に持っていた箸を置くと、膝の上で拳をギュッと握った。緊張で手に汗が滲む。

「次の日会った時から顔はひきつっちゃってるし、ビクビクしてるし。今だってそう。さすがに俺も悪かったかなって」
「べ、別に…。いいよ、もう」

反省してるとか悪かった、とか。…それってやっぱりからかったってことだよな。

なんだろう、この気持ちは。
俺は怒ってなんていないし、キスのこと謝られたかったわけじゃない。
俺が望んでいたのは謝罪の言葉なんかじゃなかった気がして何故か胸がズキンと痛んだ…。

「まぁ反省してんのはいきなりしちゃったことだけだけどな」
「…え?」
「キスしたこと自体は悪いけど反省してねーから。
だって和真も悪いでしょ。可愛すぎるんだもん。俺だって今まで大分我慢してたんだから」
「…が、我慢?」

えっと、どうゆうこと?
わけがわからなくなってきょとんとしてしまう。

「っていうか、和真が緊張してるから俺だって気を使ってたけど、避けられたりすんのはさすがにそろそろ辛いんだけど」

あ、避けてるってバレてたんだ…。

「それは…ごめん。
でも、仕方ないじゃん。喜一がからかったりするから…」

俺がそう言うととたんに喜一がムッと眉をひそめた。

「からかうって…何言ってんの?
からかうためにキスなんかするかよ。俺は…、」

喜一がどこか怒ったように何かを言いかけたところで、丁度亮太が戻ってきた。

「お待たせー。はい、水」
「あ…うん。ありがとう」

亮太からコップを受け取る。

「ん、何?なんか大事な話しでもしてたのか?俺タイミング悪かった?」

微妙な空気を感じ取ったのか、亮太が不思議そうに俺と喜一を見下ろした。

「いやっ、大丈夫大丈夫」
「そう?あ、そうだ。九重の友達向こうにいたぜ。お前のこと探してるっぽかったけど」
「…そっか。サンキュ」

喜一が何を言おうとしたのかはわからなかったけど、話しの続きを諦めたみたいでよかった。さすがに亮太の前ではこんな話しはできないよ…。
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