薄桜鬼(現代・短編)
□旅で逢えたら 2
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2人でこうしてゆっくりと歩く時間が私は一番好きだった。
『冷えるといけない』
そんな風に気を遣って山崎さんは手を繋いでくれる。
紅葉も終わりすっかり冬になったことで、近頃は益々冷え込んでいたから、確かに私の手は冷えがちだった。
でも両親以外の誰かと手を繋ぐことなんて初めてだったから、そんな山崎さんの申し出に最初は戸惑った。
『だ、大丈夫ですっ!!それに、山崎さんの手が逆に冷えちゃうかも…っ』
ブンブンっと首を振って答えれば、山崎さんは気にした様子もなくあっさりと私の手を包む。
『なっ…あっ……///』
ゆでダコと同じくらい、私の顔は真っ赤になっていたと思う。
そんな私に、山崎さんの口角が上がる。
『ほら、あったかくなっただろう?』
なんて。
それ以来、こうして帰り道は手を繋ぐのが当たり前になっていた。
元々口数が多い訳ではない山崎さんと私の間には、会話がなくなることも多い。
でも、気まづいと感じることよりも、こうして山崎さんの手の温度や、ふと瞬間に掠める香りを感じられる嬉しさの方が大きかった。
山崎さんといると、すごく安心する……
はじめて会った旅行の時から、山崎さんは他の人とは違う特別な人だったけど、最近それだけではないことに気づき始めていた。
「月が……綺麗だな………」
「はい……」
眩しそうに瞳を細めて、夜空を見上げる山崎さん。
山崎さんはこうしてよく夜空を…月を眺めては、綺麗だと口にしていた。
月明かりに照らされた横顔を盗み見る。
すっきりとした、端正な顔立ち。
こうして黙していると、冷ややかにも見える紫紺の双眸。
ーーまるで日本舞踊の家元のよう
ーー涼やかで凛とした雰囲気が素敵
壬生商事の方と旅先で知り合ってからと言うもの、彼らの評判が自然と耳に入るようになった。
以前から話題ではあったのだろうが、周囲のことに興味を持つ余裕のない私には聞こえないのと同じだったのだ。
そんな風に改めて彼らの評判を耳にしていると、その人気は相当なものだと言うことが実感できた。
女性の扱いに長けていながらも親しみやすいお兄さんのような原田さん、ニコニコと笑顔を振りまきながらもどこか掴みどころのないミステリアスな沖田さん、明るくて人懐こい弟キャラだけど男気のある藤堂さん、朴訥とした語り口で口数は少ないけれど意外と照れ屋というギャップがある斎藤さん…
それぞれのファンクラブもあるとかないとか…なんて話の中で、誰かが口にした。
『でも最近の一押しはやっぱり山崎さんよね〜♡』
『うんうん♪華やかな面子の中だと一見地味に見えるけど、寡黙で黙々と仕事をこなす姿とかカッコいいし!』
『この前なんて外資系の役員達と歩いていたけど、見たこともないにこやかな笑顔で流暢な英語話してて…もうデキる男って感じでさぁ』
『冷たそうに見えるけど、この前資料の山を抱えていたら「君1人では大変だろう」って、わざわざ運んでくれたの〜♡♡♡寡黙な男がみせるふとした優しさって、もうたまらないよ〜』
キャッキャッと楽しそうに話す彼女達の言葉を聞いていて、モヤモヤとしたものが広がるのを感じていた。
ーーなに、これ……
今まで感じたことのないその感覚に言いようのない不安を感じてしまう。
理由がわからないことほど困ることはなくて、けれどそんな私の疑問はあっさりと解決する。
『そいつはヤキモチってやつだな。』
ある日バッタリとエレベーターで会った原田さんに、名前などは伏せてそれとなく聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
『自分以外の誰かがそいつを気にかけているのがイヤってことだろう?』
そう言われてみればストンと納得できて、つまりそれは……
『雪花はそいつのことが好きってことだな』
ハッと見上げれば、原田さんはニヤリと笑う。
エレベーターを降りて歩きながら、私は原田さんの言葉を反芻する。
疲れ切っていた私をそっと慰めてくれた山崎さん…旅先で初めて出会ったと思っていたけど、かつて彼の落としたUSBを私が拾ったことを感謝しているとその時に告げられた。
たったそれだけのことなのに、あそこまで真摯に接して慰め励ましてくれたことに、私の方が感謝しなくてはと思っていた。
旅先から戻ってからは時々食事をすることもあって、その度に彼の誠実な人柄を知って……
考え込む私の頭を原田さんはくしゃっと撫でる。
『良いことじゃねぇか。恋しく想ったり、ヤキモチ妬いたり、色々あるけどよ…仕事だけじゃなく誰かと向き合うことだって必要だぜ?』
『原田さん……』
『まっ、益々女に磨きがかかっていくとなると…あいつ、自分で首を絞めるだけだな。』
『……?』
『気にすんな、独り言だ。』
そんな会話をしたことを思い出していると、いつの間にか山崎さんがじっとこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫か?疲れているところに付き合わせてしまってすまない。」
「そんなっ!!大丈夫です!ちょっと考えてただけで、そのっ、疲れたりしてませんし、むしろ楽しくて元気が出ますしっ……」
必死に否定していたら、いつの間にか山崎さんは口元に手を当てて笑いを堪えていた。
「あっ……///」
「す、すまない…一生懸命話す君が
可愛くてつい…」
「えっ…?」
「いや、なんでもない。
楽しんでもらえているなら何よりだ。」
それに…と山崎さんは続ける。
「俺の方こそ、いつも君と過ごすのが楽しくて、つい誘ってしまうんだ。」
なんて、ふわりと微笑む姿に、胸の奥がきゅんと苦しくなった。