薄桜鬼(現代・短編)

□旅で逢えたら
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「はぁ〜、気持ちぃ〜よ〜……」

食事前に、部屋についている露天風呂へ入った。
湯加減よし、ライトアップされた紅葉もよし、もうたまんない。
こんなにゆっくりできるのはいつ振りだろう。
要領もよくなくて、イジメられてる訳ではないけど、体良く仕事を押しつけられることはしばしばだった。
オフィスの中でひとり残ることだってままある。
そんな私が漸く勝ち取った連休ーー

「本当、頑張ってよかった……」

せっかくの絶景が、涙で滲む。
それでも、一度溢れた涙は、止まることなく流れ続けて、私は嗚咽をこらえることなく泣いた。
そうしてそろそろ上がろうかと思った頃、茂みの奥から賑やかな声が聞こえてーー

「うぉー!!超絶景じゃん!!」

「平助、転ぶぞ!」

「あんたはいくつなんだ。子供じゃないのだから少しは情緒を大切にしろ。」

「あ、山崎君。キミ、いないと思ったら独り占めしてたわけね。」

「独り占めとは心外だが…まぁ、静かに楽しみたかったことは認める。」

「あっ!山崎君までひでぇよ!」

実に賑やかな様子に、さっきまで沈んでいた心が少しだけ上向いた。
でも、同時にあることに気づく。

(ん?山崎さんって人はお風呂に入ってて、これだけ近くに声が聞こえるってことは……わっ!!ま、まさか……大きな声で気持ちいいとか言ったり、めそめそ泣いてたのとか聞かれたかも?!)

身体を拭きながら気付いてしまった事実に、汗がスッと引いていった。

(は、はずかしい……)

今さら時間は戻せないけれど、ここは露天風呂付き客室が集まっているところなのだから、聞こえる可能性も考えておけばよかったと後悔した。

(でもまぁ、もう関わることもないんだから、気にしてもしょうがないよね)

楽天的に気持ちを切り替えて、これから始まる夕食に期待を膨らませた。
お部屋食で気兼ねなく食べられるし、ここは食事も美味しくて評判のいいお宿なのだ。

(さっ!ごはん♪ごはん♪)




















「うわぁ!左之さんその顔ヤバすぎ超ウケるっつーの!」

「あんだと?泣く女も黙る俺のキメ顔に何てこと言うんだよ」

「……すまない、静かに食事をしたかっただろう?」

「山崎君、そんな言い方で“はい”なんて言えるわけないじゃない。」

「そ、そんなこと!!賑やかで楽しいですよ。」

なぜか私は今、壬生商事のイケメン達と夕食を共にしていた。
両サイドを山崎さん、沖田さんに挟まれ、斎藤さん、原田さん、平助君と勢ぞろいだ。

(まさか、こうなるとはなぁ……)

湯上がりで寛ぎきっていた私の部屋の扉がノックされて、開けたら平助君達がいて、あれよあれよという間に一緒に食べることになって……

「藤堂君はあぁ見えて営業で1、2を争うエースなんだ。」

「烝君〜あぁ見えて、は余計だよ〜」

「いや、素直な感想だ。」

「はじめ君までひでぇ!」

「……ふふっ」

「うわっ!雪花まで笑うのかよ!」

「ごめんね、平助君。でも、平助君がエースだっていうのは何となくわかるよ。」

「マジ?!」

「うん!だって平助君は空気をパッと明るくして、場を笑顔にできるもの。きっとお客様もそんな平助君に心開くことが出来るんだと思う。」

「…………」

急に静まる部屋の中。
何か悪いことを言ってしまったのか、あるいは興醒めさせてしまったのだろうか。
私が焦りそうになった時ーー

「…君は、しっかりと物事を見る事ができるんだな。」

隣にいた山崎さんが、戸惑う私の頭をそっと撫でてくれる。
まるで山崎さんに抱えられ、引き寄せられるような格好。
驚いてその顔を見上げれば、思いの外近くに紫紺の瞳があって、その力強くも優しい眼差しに引き込まれる。

「ぁ……あの……」

ん?と瞳だけ細めて問い返してくれる山崎さん。
しばらくそうやって見つめ合っていると、ごほん!!と聞こえた咳払いに意識が戻る。

「ぁ……」

「おいおい、山崎…俺たちの前で堂々と口説くなよ。」

呆れ顔の原田さんに

「烝君のせいで、お礼言い損ねたじゃんか」

ぷくっと膨れた藤堂さん

「……そ、その…や、山崎……」

なぜか真っ赤な顔で照れている斎藤さんがいて

「山崎君さ、趣味悪くない?」

やっぱり辛辣な沖田さんがいた。
沖田さんの言葉に、山崎さんは先程とは打って変わった鋭い眼差しを向ける。

「沖田さん、俺は何を言われても構わないですが、彼女に失礼なことを言わないでほしい。」

「僕は正直なだけだけとね。」

「あなたはパッと見の外見でしか判断できない人なんですか?」

「は?何それ。外見はダメだって君も認めたようなもんじゃない?ソレ。」

沖田さんが嘲笑する。
その言葉が、グサリと胸に突き刺さる。
自分磨きを怠ってきた自分が悪いのだとわかっていても、改めて言われるとやはり辛かった。
けれど、山崎さんは落ち着いた様子で、頭を撫でていた手がいよいよ私を彼の中に閉じ込める。
石鹸の香りとはまた異なる、彼の男らしい香りが広がる。
浴衣越しに感じる彼の鼓動は、どこまでも落ち着いていて、このあり得ない状況でも安心できた。

「パッと見の、と俺は言っただろう。彼女はあなたに馬鹿にされるような人間ではない。見た目も、中身も。」

確信を持って告げられたその言葉に、じんわりと胸が温かくなるような、くすぐったいような心地がした。
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