薄桜鬼(現代・短編)
□また咲く日まで
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『君は……』
紫紺の双眸が僅かに見開かれたが、すぐに表情が戻ると、
『今年は女子が2人入ると聞いていた。君がその1人なんだな。』
涼やかな双眸が少しだけ細められる。
『この桜を見に来たのだろう?もっと近くへ来るといい。』
そう言って一歩横へとずれる。
まるで、私のためのスペースを空けてくれるかのように。
言葉に甘えてもいいのかと迷ったが、優しく細められたその瞳に誘われるように近づいていく。
その時には桜よりも目の前の人に心奪われていた。
『立派な…桜ですね。』
そんな想いを打ち消すように、桜へと視線を移す。
『何度かこの学園に来ていたのですが、こんなに素敵な桜があるなんて気がつきませんでした。』
『表にもたくさんの桜があるからな。この学園の生徒でも、この桜を知る者は少ないはずだ。』
『なるほど…』
桜舞う幻想的な時間ー
言葉がなくても居心地は悪くなくて、離れがたいと思った。
けれどどんなに願っても、終わりの時はやって来る。
『俺は、2年山崎烝だ。よろしく。』
そう言って差し出された手の平。
それはやはりどこか骨ばった男性のもので、
『伊賀雪花…です。よろしくお願いします。』
ぎゅっと握る力と温かさが心地よかった。
それから山崎先輩とはよく交流があって、体育で怪我をすれば保健委員である先輩が手当をしてくれて、『女子に手加減もなしにボールを投げるとは!!』と憤慨してそのまま怒鳴り込みに行きそうになったのを止めたこともあった。
『女子だからと言って優遇しないという先生方のモットーはわかる。しかし、明らかな体力差や、プライバシーは考慮して然るべきだ。』
『私がもう少し女の子らしければよかったんでしょうけどね。性別とか関係なく、友達感覚で接してくれているだけなんですよ。』
何かある度に怒ってくれる先輩に、その都度笑って答えていた。
でも、先輩は一度として笑ったりしなかった。
『君は女だ…』
そう言って、苦々しげに目を逸らしていた。
山崎先輩は、普段は無口無表情なのに、意外と熱い一面を持っていた。
そうやって接することが増える度に、先輩への想いがすくすくと育っていった。
母が亡くなってから、自分のことを案じてくれる人などいなかったから、山崎先輩が、いち後輩である自分を気にかけてくれることが嬉しかった。
『あっれ〜、珍しい2ショットだね。』
偶然会った沖田先輩、斎藤先輩と歩いていると、千鶴ちゃんと山崎先輩が何か話をしていた。
『確かに、珍しい光景だな。』
千鶴ちゃんが山崎先輩の耳元で何かを言うと、先輩はみるみるうちに真っ赤になって、はたから見てもわかるくらいに取り乱していた。
入学してもうすぐ一年経つが、そんな姿をー少なくとも自分といる時に見た事なんてなかった。
その光景に沖田先輩はニヤリとすると、
『なぁーんだ、山崎君の本命は千鶴ちゃんなのか。』
意味ありげな視線を私へ寄越す。
『本命、とはどういう意味だ、総司。』
斎藤先輩は意味がわからないと言いたげに問いかける。
私は、血の気がサッと引くのを感じた。
『だってさ、今まで山崎君が千鶴ちゃんと特別に接していたことなんてないじゃない。むしろ、他の男子と違って雪花ちゃんを可愛がっているように見えたし。』
『確かに山崎は伊賀を気にかけているとは思うが、それがどうしたのだ。』
『一君は本当に鈍いなぁ。つまりさ、山崎君は雪花ちゃんをダシに使っていたんじゃないのかってことだよ。』
『何だと?』
『彼のあの性格からして、いきなり本命に近づけるほど器用じゃないし、千鶴ちゃんに好意を寄せているオトコはごまんといるでしょ?そんな中で自分を印象づけるために、まずは雪花ちゃんに近づいていい先輩アピールをして、他の男よりリードしようって魂胆だったんじゃないかってこと。』
『総司……山崎は確かに器用な奴ではないが、そんな風に誰かを利用するような姑息な男ではない。あんただってわかっているだろう?』
斎藤先輩は沖田先輩の主張に真っ向から反論する。『それに何よりも伊賀に失礼だろう。』と。
『別に悪気があって言っているわけじゃないんだよ。ごめんね、雪花ちゃん。』
沖田先輩はひらひらと手を振ると、教室へと戻っていく。
黙り込んだ私を困ったように斎藤先輩は見つめる。
『すまない。総司の言葉は気にするな。』
それだけ言うと沖田先輩の後を追っていった。
どうやって教室へ戻ったのか覚えていないほど、私は動揺していた。
ー山崎先輩は千鶴ちゃんが好きー
真っ赤な顔をしていた先輩と、沖田先輩の言葉が結びつく。
(別に…ガッカリすることなんてないじゃない。千鶴ちゃんはいい子だもん…私なんか……ただの後輩…で、当然だよ。)
チクチクと胸が痛むのは無視をして、何でもないふりをして日々をやり過ごした。