薄桜鬼(現代・短編)
□旅で逢えたら 2
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奇跡のようなあの温泉旅行の日から、私は山崎さんとLINEをしたり、仕事終わりにご飯を食べに行くようになっていた。
「おいしい…」
「そうか…口に合ってよかった。」
キリッとした紫紺の瞳を、やさしく細める。
一見すると無表情に見えるのに、山崎さんは意外とよく笑う人だった。
「ここは遅くまでやっているから、仕事終わりに来ることが多いんだ。」
「そうなんですね。家庭的なメニューが豊富で…お家に帰ってきたみたいでホッとします。」
「あぁ。だから疲れた日ほどここが恋しくなるよ。」
今日来ているのは会社から少し歩いた居酒屋さん。
お洒落というよりも、こじんまりとしていて田舎のお家みたいな雰囲気で、お料理もおふくろの味って感じだ。
「山崎君がこんな可愛い子と来るなんて初めてね。」
奥さんが温かいお茶を出してくれる。
ふっくらしていて、本当のお母さんみたいだ。
「なっ…///」
珍しく山崎さんの顔に朱がはしる
。
「こら、おまえ。
そんなこと言ったらそっちの子が嫌な気分になるだろ。」
大将が奥さんを嗜めるが、奥さんはやんわりと続ける。
「あら、あなたも驚いたでしょう?
会社の人とだって連れてきたことのない山崎君が、こんな可愛らしいお嬢さんを連れてきたんだもの。」
「えっ?」
奥さんの意外な言葉に思わず驚いてしまった。
「…っ!!女将さん…そのくらいで勘弁してください。」
山崎さんはもうお手上げといった感じだ。
「ふふふ、そうね。
人の恋路を邪魔しちゃいけないわね。」
「なっ…///!!!」
「…??」
奥さんは山崎さんにこそりと何かを告げると、奥の方へと戻っていった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…」
山崎さんは明らかに狼狽えていたけれど、それ以上話してくれそうにはないので、私も特に聞かなかった。
「そろそろ行くか。」
その言葉を合図に、私たちはお店を出た。
「お嬢ちゃん、またおいで。」
「山崎君と一緒でなくても構わないわよ。」
なんて…大将や奥さんに温かい言葉をかけてもらえて、お腹もいっぱいで、心も満たされた。
山崎さんの方はと言えば、
「頑張れよ(って)」
と二人から何やら励まされていた。
「何か大きなお仕事でもあるんですか?」
と帰り道に聞いたら、一瞬言葉に詰まって…「そうだな…中々の難敵かもしれない。」と苦笑いを浮かべながら、頭をふわりと撫でられた。