薄桜鬼(現代・短編)

□また咲く日まで
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「はぁ……はぁ……はぁ……」

ひたすら走って、走り続けて、ひとり暮らしの部屋に入った途端、全身の力が抜けた。


『別に彼女に特別な感情はない。変な誤解をしないでほしい』


凛とした低い声が頭の中で響く。


「ひっ……く…」

酸欠状態なのに涙が止まらなくて、走り通しだったから、吐き気もする。
もう、何もかもが最悪だった。




男女共学になった薄桜学園の、初の女子学生である私ー伊賀雪花ーと雪村千鶴ちゃん。
色白で、小柄で、可愛らしい千鶴ちゃんは瞬く間にアイドルになった。
おまけに性格まで超がつくほど良い子なのだから、愛されるのも納得がいく。
それに引き換え、女子にしては背は高め、地味、普通、洒落っ気もなくダサい黒縁眼鏡を引っ掛けた私はある意味千鶴ちゃんの引き立て役だった。
薄桜学園のだった2人の女子生徒でありながら、私は男子よりひどい扱いを受けていたかもしれない。
ドッジボールなどしようものなら容赦なく当てられ、着替えていても平気で男子達が入ってくる…悲しいとか、そんなものも通り越してしまった。

だからって千鶴ちゃんを嫌いになった事はない。
彼女は本当に優しい子だったし、互いの家庭環境が少し似ていることも、友情を深める理由の一つだったかもしれない。

母子家庭で唯一の肉親であった母が中学三年の時に亡くなった。
親戚付き合いなど全くなくて知らなかったが、母の実家は私でも知っている【八瀬】という名家だったらしく、突然やって来た知らない人に、毎月の生活費、学費を振り込むとだけ言われて通帳を渡された。
それだけで、自分という存在は歓迎されていないことを悟った。

ー金はやるから大人しくしろー

言外にそう言われているのだと。
何も知らないのだから、わざわざ現れなければいいのに…とも思ったが、15歳の自分にとってお金の心配をしなくていい環境はありがたかったし、黙って受け取った。

そうして一人アパート暮らしをしながら必死で勉強をして薄桜学園に入学した。
文武両道という今時珍しい堅い校風と、説明会に来ていた近藤校長と、土方教頭の人柄に惹かれたけれど、家庭環境のこともあり、二人には何度も相談させてもらった。

ー『やる気があるなら歓迎する。あとはお前の努力次第だ。』ー

土方教頭のこの言葉に励まされた。


入学式の日、校舎裏にある立派な桜の木を見つけた。
式が終わり近くで見ようと足を運ぶと、そこには先客がいた。
細身で、短髪の髪型、凛とした立ち姿…何よりも印象的だったのは、ハッと振り返った時に合った涼やかな紫紺の双眸ー

派手さはなくて、目立つ方ではないと思ったけれど、強い意志を秘めたその瞳に一瞬で引き込まれた。
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