薄桜鬼(オリキャラ)
□calling
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「山崎君、短い間だったけど、ありがとう。」
保健委員の日誌をつけていたその背中が、一瞬固まる。
そしてゆっくりとこちらを振り返ると、常よりもさらに鋭い眼差しが向けられる。
「どういう意味だ?」
温度を感じさせない声音ーー
常より無表情で感情の薄い態度だったけど、今の彼はもう氷のようだ。
「そのままの意味だよ…」
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そもそも私に笑顔が向けられたことなんて一度もない。
でも、ごく一部の友人を除けば誰に対しても彼はそうだったし、無表情で寡黙な中にも他者への細やかな気遣いが見え隠れしてーー
高校に入って同じクラスになって、彼は周りの同級生よりもずっと落ち着いて見えたし、敬遠する人も多かったけど、私はなぜか目が離せなくて、好きなんだと自覚したのが12月のことだった。
「付き合ってください」と告白したのが3カ月前の1月ーー
玉砕覚悟だったけど、意外にも彼はあっさり「あぁ、構わない。」と了承してくれた。
そんな風にして始まったお付き合いだけど、何かが劇的に変わったわけでもなくて、一緒に帰ったこともなかった。
交換した電話番号も、メールアドレスも、まだ一度も使っていない。
単なるクラスメイト…それ以上にぴったりの言葉はない。
それでも私は嬉しかったし、バレンタインのチョコを渡したり、ホワイトデーには一応お返しのハンカチをもらったり…ただそれだけで幸せだった。
はずなのにーー
『雪村くんっ!!』
あぁ…この人がこんなに目を細めて笑うなんて知らなかった。
『君が当番の日は俺も入る。どうも最近は、君目当てで訪れる不埒な輩が多いようだ。』
保健委員の先輩としてーーなんて雪村さんには言っていたけど、彼女に好意を持っていることなんて、誰の目にも明らかだった。
雪村千鶴ーー
彼女と彼等は旧知の仲らしい。
彼等というのは、土方教頭、原田先生といった先生方や、沖田君、斎藤君…など、主だった剣道部メンバー達ーー
山崎君は保健委員だけど、剣道部メンバーとは仲が良かった…といっても、沖田君とはどうも口喧嘩が絶えない様子だが。
とにかく、彼等の間には単なる友情を超えた絆があって、それは一朝一夕で築かれたものではないことは薄々感じていた。
まるで…前世からの絆のような……
そして、この人も恐らくそんな縁を持ったひとりーー
『おい。』
『なんですか?風間先輩。』
年齢も制服も、何もかもが規格外のこの人ーー風間千景。
雪村さんを嫁と称して追っかけまわしている光景は、たった3カ月で定例化していた。
そんな男になぜか話しかけられた。
不信感も露わに返事をしたけれど、目の前の男は不敵な笑みを浮かべていた。
そして面白そうに私を上から下まで観察していた。
『声をかけられたり、ましてジロジロと見られるような覚えはないんですが?あなたのお嫁さんと間違えているわけでもないですよね。』
とりあえず不快感を込めて、睨みつける。
だと言うのに、目の前の男は益々ニヤつくだけだ。
『当たり前だ。俺の嫁は雪村千鶴ただひとり。お前など足下にも及ばん。』
『だったら何なんですか?』
一層目に力を入れて…多分、クラスの男子がみたら逃げ出すくらいの殺気は放っていると思う。
そんな私を相変わらずの視線で眺めた後、
『こんな女にこの俺様がーーな。相変わらず貴様も気の強い女だ。』
訳のわからないことを言っていた。
『相変わらず…っていうほど、私は先輩と関わりはありませんけど。』
あきれ返っている私をみて、そして後方を一瞬見遣ると、さらに馬鹿にしたように見下す風間先輩。
『あやつらといい、お前といい、こうもきれいに忘れてしまうとはな。』
そう言い捨てて立ち去っていった。