薄桜鬼(現代・オリキャラ)

□壬生警察署 生活安全課3
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今夜の私はこの店のスタッフだし、自分で言うのは何だが昼間の野暮ったい姿とは全くの別人だ。
幸運なことに今夜はスタッフも仮装しているーー私は黒のショートパンツに黒のチューブトップ、黒の猫耳と尻尾、そして目元を隠すアイマスクを装着していた。
黒のベースに銀のスパンコールで装飾されたベネチアンマスクーーまともに私の顔も知らない彼らが、今の私を伊賀雪花だとは思うはずがない。
それでも早く立ち去りたいと思う衝動を押し込めて口角をクッと上げた。
「いかがされましたか、お客様?」
山崎さんは少しだけサングラスを下げた。
私の手は握られたままだ。
紫紺の双眸がじっと私の瞳を見つめる。
仮面を着けているはずなのに、見透かされているかのような聡明な眼差し…
この人の目は苦手だ。


「お客様、ご希望のものがあればお申しつけください…」
猫が擦り寄るように山崎さんへ身を寄せて、その耳元に囁いた。
お客様の中には各界の有名人も多い。特に今夜入れるのはそれなりの身分の人間だけで、
開店前のフロアスタッフ同士の会話では、目当ての人にアタックをかけようという話も出ていたくらいだ。
普段の彼の様子や、千鶴ちゃんを好んでいることからして、そういった色目を使う手合いは好まないと予想した。
仕事で来ている筈なのだから、これ以上の接触はない…と思ったのに……
「キミが誰なのか知りたいと思っただけだ。」
山崎さんもまた私の耳元で囁く。
表情はわからないけれど、その声は一晩の快楽を求める者のそれとは異なる、どこか真剣で熱のこもったものだった。
グッと胸を掴まれるような苦しさが広がる。
握られた手からも熱いものが伝わってくるようでーー
(こんな感覚、知らない……)
逃げ出したいとさえ思ったけれど、今はフロアスタッフなのだ。
ぎゅっと瞳を閉じて、小さく息を吐いてから、
「私は…闇に紛れた黒猫です。」
「……なるほど。」
フッと笑ったような気がした。
そして握られた手が離されたと思うと、その腕が屈んだ私の背を抱くように回される。
肌に触れそうで触れてはいないギリギリの抱擁…後頭部に撫でるように当てられた手の平は、キスを促すかのように私の顔を彼の方へと向けさせる。
「お客様……」
これ以上はさすがに彼が黒子に目を付けられる。
私にとってもそれは避けたい。
僅かに非難を込めて呼びかけた時、
「だから、見つけるのに苦労したんだな…」
「ぇ……?」
「キミが黒猫なら、俺は犬のおまわりさんだ。迷子のキミを…捕まえるための、な。」
「なっ……?!」
「仕事の邪魔をしてすまなかった。タチの悪い客もいるだろうから、くれぐれも気をつけてくれ。」
今度こそ山崎さんは私から離れて、沖田さんと斎藤さんが待つカウンターへと歩いて行った。
その背を呆然と見つめながら私は気づいた。
一緒にいた筈の沖田さんと斎藤さんが立ち去っていたことにさえ全く気付かないほど、山崎さんだけに気を取られてしまっていたことにーー




3 終
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