b BLEACH

□キミを、キミに、
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「ストーカー?」


怪訝な顔をして聞きなおしてくる一角へ目を向け、コクリと頷けば腹をかかえて笑われてしまう。


「お前にストーカーなんてつくわけねーだろ。どんだけ物好きだよ」

「そりゃもちろん私だってそう思うよ?でもね?こう、何かいるんだって、毎日。後ろに」

「明良にならストーカーがついてもおかしくないと僕は思うけどね」


賑わう食堂で昼食をとっているときに、小さく溜息を吐いた私へ弓親が声をかけてくれてからの会話だ。断りも無しに隣へ腰かける一角と、その向かいの席へつく弓親とは護艇十三隊への入隊が同期の仲で、彼等とは別の隊に所属する私だがこうやって鉢合わせれば昼食も一緒にとるし、飲みに誘われれば躊躇なく同行させてもらう。何でも話せる仲なのだが、唯一話したことがないのは異性との浮ついた話題だけだった。弓親と二人のときには度々聞かれることもあるけれど、一角とは一切そういう話にならない。適度にサボれば定位置にいる一角と並んで昼寝をしたり、今度の任務はつまらないなどど愚痴をこぼし合ったり、そういうありきたりな関係である。


「ね、弓親今日何時に終わる?一緒に帰ってよー」


箸を置き向かい側へ座る弓親へ両手を合わせる。いつもなら「仕方ないな」と私の我侭を聞いてくれる彼も、今日は困ったように笑って目を伏せてしまった。


「すまないけど、今日はダメなんだ」

「え、なんで」

「元十一番隊の連中も集まって飲むんだよ、俺等も呼ばれてる」

「元十一番隊って、恋次とか?」

「おお、そのへんな」


既に食べ終えている一角は後頭部で手を組み一つ欠伸をしながら私と弓親の会話へ割り込んできた。それなら仕方がないと再び箸を持つ私に、一角は上から細めた目を降らせてくる。それに気付きながらも反応を示さないのは、たまにその表情で私を見てくることにもう慣れてしまったからかもしれない。初めは「なに睨んでんの」と突っかかっていたものの、その度に「なんでもねーよ」と話題を変えられるから諦めざるを得ないんだ。一角の癖だと思い込むようになってからは気にも留めなくなってしまった。


「お前も来るか?」


ごちそうさまでした、と空になった茶碗の上で両手を合わせ頭を下げていれば、隣からいつもの誘いのように一角が口を開いた。


「ああ、いいね、そうしなよ明良」

「入隊してからずっと十番隊にいる私がそんなとこ行けるわけない」

「知らねーヤツなんていねーだろ。恋次も随分会ってねーってこの前ボヤいてたぞ」

「私だって会いたいよ?でもほら、うちの副隊長が、ね」


隊長が不憫で堪らない、と続ければ、二人共納得したように口を閉じる。昼休憩終了の鐘と同時に三人揃って席を立ち、普段通り二言三言の言葉を交わして食堂を後にした。



:::



執務を終えて帰路へつく。今日も残業になってしまった。暗い夜道を歩きながら感じるのは、一ヶ月ほど前から毎日向けられる後方からの視線。自意識過剰だと思っていたが、今日は足音まで聞こえてくる。いつもより近い、やはり、誰かにつけられている。


「はぁ」


隊舎への道のりがそう長くないことが唯一の救いである。自室へと戻り襖を閉めてから溜息を吐くのが日課になりつつあった。堪えられないこともないし、いざとなれば鬼道で返り討ちにしてみせる、そう考えていたというのに、私のそれはどうやら甘かったらしい。スッと静かに開いた襖を何気なしに振り向けば、ニタリと笑う見覚えのある男が目の前に立っていた。


「なっ、ちょ、」


押し倒されて両腕を頭上で纏められ、覆いかぶさる男は片手で印を組みボソボソと詠唱する。目を見開いて驚いている間に、ガチッと固まった身体の上で男はまたもニヤリと厭らしく顔を歪めた。


「縛、道……?」

「喋れるんすね、さすが明良さん」


でも大声は出せませんよね、と小さく付け足した男は躊躇なく私の死覇装に手をかける。ガバリと開かれた胸元に顔を埋めてきてはスンッと鼻で息を繰り返し、乳房を揉みしだかれているというのに私の口からは拒絶の声が細くしか出て来ない。チロチロと舐められては不快感しか覚えない身体が、もう何十年も流していない涙をいとも簡単に放出させた。
霞んだ目に映る男は一ヶ月前に交際を断った者だ。やたらと一角の名前を出してきたのを覚えている。「一角さんとそういう関係なんですか?」「一角さんみたいに強くなります」アイツとはそういう仲じゃないと何度言えど、本当にずっと私のことを見ていたらしいこの男は日にちや時間まで添えて一緒にいるところを口にしてきた。もうずっと前からストーカだったのかと気付けど、こんな状況になっているのなら今更遅いと自嘲してしまう。助けを求めることなどもう何年もなかったというのに、頭の中には一角しか出てこなかった。


「いっか、く、」

「ほら、やっぱり一角さんを呼ぶんじゃないですか」

「いっ、かく、助け、」

「あの人今日飲み会なんですよね?昼に話してたじゃないですか」


食堂での会話も聞かれていたのかと思うと背筋が凍る。このまま諦めるしかないのかと目の前に顔が近付いてきたところでギュッと目を瞑れば、身体にある重みが一瞬で無くなったことにゆっくりと閉じた瞼を引き上げた。


「てんめ……殺すぞ」


眼下には怯える男を足蹴にした一角がこれでもかと霊圧を上げて睨みつけていて、動くようになった身体を起こして両手で包むように襟元を整えるも、声だけは一向に出てくれなくてただただその光景を眺めることしか出来ない。


「ほんとに殺しかねねぇ……出てけ」


一角の口からは聞いたこともないような低い声が出ていて、霊圧に中てられたのか腰を抜かした男はその場で黙り込んだまま震えるばかりだ。
ドッと鈍い音が聞こえたかと思うと蹴り上げられた男が廊下に転がっている。そのまま襖を閉めてこちらへ向いた一角の後ろからは、ドタドタと走り去る音が響いていた。


「明良、」


歩み寄って来た一角は私の前で膝を付き、そっと頬を撫でながら名を呼ぶ。どうしてここにいるんだとか、こうなることがわかっていたのかとか、聞きたいことは山ほど頭の中を回っていたけれど、身体は勝手に動いて、目の前で辛そうな顔をする彼へ飛びついていた。背中へ回された逞しい腕にギュッと力を込められて包まれる。震えていた身体が一気に安心してしまったようにフワリと力が抜けるのがわかった。


「おそ、い……遅いよバカ、」

「ワリ、恋次酔ったら鬱陶しいって知ってんだろ」

「言い訳とか聞きたくない。どんだけ呼んだと思ってんの、」

「……俺呼んだのか」


ふっ、と離れた身体がまた私を不安にさせるものだから、一角の死覇装を両手で掴む。見上げれば口端を吊り上げた顔が目の前にあり、背にあった両手はいつの間にか私の頬へと移動していた。


「なんでそんなに嬉しそうなの、私こんな泣いてんのに」

「嬉しいに決まってんだろ」


優しく口付けられ、頬や頭を何度も撫でてくれる。あの男に触れられていた時は恐怖でしかなかったのに、一角だというだけでこんなに心地良いなんて。どうして彼しか頭に出てこなかったのだろうだとか、どうして彼を見てほっとしたのだろうなんて、またも頭の中は疑問符でいっぱいになったが、胸の内の気持ちですぐに答えを導き出すことが出来た。
名残惜しくも離れた唇がチュッと小さく音を立てる。見つめる先には彼の双眸が私を捉えていて、それだけでも心地良いと感じてしまう。


「私、一角が好き」

「いつ言ってくんのかと思ってたぜ」

「でも気付いたの今」

「あぁ?どんだけ鈍感だよ」


呆れた顔に笑っていると彼の顔が首へと埋まってくる。声をかけても首筋へ唇を這わすだけで、反応を示さないことに頭をペチンと叩けば、こめかみに青筋を浮かばせた顔がゆっくりと上がってきては睨みつけられた。「なにしてんだ」という声にそれはこっちの科白でしょという目を向ければガバリと押し倒されたが、先程のような恐怖は微塵も感じない。


「全然お酒臭くないね」

「てめぇにストーカーとか聞いて落ち着いて飲めっかよ」

「私のこと考えてたの?一角だって物好きじゃん」


朝まで抱かれて二人して遅刻したことに、弓親だけが関係を察したのはここだけの話。




(なんでいつも睨んでたの?)

(いつ唾つけてやろうか考えてただけだ)








END
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