「なにしてるんですか」 「べつに」 クリスマスということで甘味処や居酒屋は無理やり括りつけたようなセールを始めたらしい。どの隊員も約束があるのだろうか「定時で上がらせて下さい」と今朝からどれだけ言われたのか数えてもいない。年末も近い今日が暇なわけがない。仕事に追われてワタワタと動きまわる私の目に何度も入ってくるのは自隊の隊長である日番谷冬獅郎だった。 「暇なわけないですよね」 「俺だって動いてるだろ」 「隊長がこちらにいらっしゃる意味がわかりません」 「ここに用があるだけだ」 「私と同じことしてるわけないですよね」 「そんな効率悪いことするか」 そりゃそうだ、と納得するも、資料室へ行けば後から扉を開けるのは隊長だし、給湯室へ行けば「俺にも」なんて淹れるに決っているのにわざわざ言いに来る。松本副隊長は当てにならないのだから隊長にはずっと机にしがみついていて欲しいというのに、やたらと動きまわらないで欲しい。私の帰る時間まで遅くなってしまう。今日は残業してくれる隊員が少ない、既に私と三席以上しか残っていないし、副隊長に至っては手を止めて「帰りたい」を連呼している。ほら、動きまわる余裕なんて無いでしょうが。出来上がった書類でトントンと机を鳴らし、固まった首をほぐすように回せば、ポキ、と小さく骨が鳴る。あ、おっさんぽかったかな、なんて周りを見渡してみれば、呆れたような隊長と目が合ってしまった。焦ってそれから逸れて隣へ目をやると、頬杖を付いた松本副隊長がジーッと私を見ているようだった。 「疲れたわよね」 「副隊長、今日約束あるって仰ってませんでしたか?」 「そうなのよ、でもほら、この量あんたと隊長じゃ絶対終わんないでしょ」 「ま、まあ、」 「それに残して帰ったら明日隊長に何言われるかわかんないし」 「松本、そういうのは小声で話すもんじゃねーのか」 ヒソヒソ話にもならない会話は案の定隊長の耳にも入っていたようで、呆れたような声がこちらへと向けられる。直後に溜息が聞こえたかと思えばすぐに予想外の言葉が聞こえた。 「お前ら今日はもう上がっていいぞ」 隊首席から聞こえたそれに私も副隊長も三席も目を向けるが、誰一人それに応えることが出来ない。自分たちよりも小さくてどこからどう見ても子供に見える彼だけを残して帰路へ着くわけにはいかなかった。 「隊長、子供は強がっちゃいけないんですよ」 「誰が子供だ」 「え、ほんとにいいんですか?」 「予定があるんだろ、残りは俺一人でもどうにかなる」 チラリと机の書類を見てみれば確かにそれは僅かな量で、私と同じ動きをしたのかあとのふたりも目を見合わせてはグッと両腕を上げて背を反らせていた。 「それじゃ、隊長お疲れ様です!行くわよ明良」 「あ、はい」 お疲れ様です、と隊長へ頭を下げれば、少しだけ寂しそうな顔をしているように見えたのは気のせいだろうか。前を歩く副隊長は浮かれた足どりで廊下を進む。彼女に恋仲の相手がいることは聞いたことがないから、また一角さんや阿散井さんなんかと飲みに行くのだろう、そう考えていれば無意識に微笑んでいたのか、隣を歩く三席が不思議そうな表情で顔を覗き込んできた。 「明良、嬉しそうだな」 「いえ、松本副隊長、元気だなって思ったら」 「ああ確かに。飲みに行く予定でも入ってんだろ」 考えることは同じなようで、彼女のイメージはやはりそうなってしまうなとまたも笑っていれば、立ち止まった三席に気が付かず後ろから腕を掴まれてよろけてしまった。 「なあ明良、お前は今日予定ねーの?クリスマスだけど」 ジッと見下ろしてくる三席の言動の真意が掴めず、首を傾げてはっきりとしない「はい、まあ」なんて答えれば腕を引かれたまま歩き出す。驚きながらも強引で力強いそれにされるがまま足を踏み出したところで、もう一方の腕をまたも後ろから引かれる感覚に動き出した足をぐっと堪えることで立ち止まることが出来た。 「ちょっと付き合って貰おうと思ったんだけど……って隊長、」 振り返った先に居たのは私の腕を掴んで少しばかり息を切らしている様子の日番谷隊長で、後ろから聞こえた三席の声も彼に気が付いたようだった。 「悪い、真滝はもう少し残ってくれ」 「え、ああ、はい、私は大丈夫ですけど」 「あーー、……や、隊長には敵わないんで、俺帰ります」 そう言った三席は「副隊長ー!」と廊下を駆けて行ってしまいみるみるうちに小さくなる。言葉の意味を疑問に思うも、ふぅ、と息を吐いた日番谷隊長へ目を向けると居心地が悪そうに顔を顰めていた。 「やっぱりお一人じゃ無理でした?」 「んなわけあるか、終わった」 「え、じゃあ帰りましょうよ」 さすが、と言うべきか、たったこれだけの時間であの全てを終わらせてしまうのは私が見下ろしているのも申し訳なくなるほど早いと思う。もっと早くからそのスピードでやってくれればこんな時間まで皆残らなくても良かったのではないかという言葉は飲み込んでおこう。 ギュッと掴まれた腕を不思議に思いながらもう一度「帰りましょう」と促せば、彼は険しい顔をして私を見つめる。何か気に触ることでも言ったのだろうかと考えを巡らせるも、どうにも思い出せないために首を傾げることしか出来ない。 「どうしたんですか、いつもにも増して眉間の皺が」 「いや、……お前今日予定は?」 「私は何もありませんよ」 「クリスマスに予定無しか」 「なんですか。それ隊長もでしょ?」 微かに頬が緩んだのが見えて安心した私も言い返してみれば、掴んでいた手から力が抜けてやっとそれは開放された。 「どこか行くか」 「そうですね、食事もまだですし」 残すんじゃなかったんですか、と問うてみれば「いや、べつに、その、」なんて珍しく口篭もるものだから笑ってしまった。気を悪くしたのだろうかまたも眉を寄せた隊長の耳が微かに赤く見える。真っ白な彼の肌はほんの僅かに染まるだけでも美しい。 「そういえば、今日やたらとウロウロしてましたね」 「監視」 「なんのですか?」 「お前が誰かと約束しねーように」 「へ?」 私から目を逸らした隊長の顔は今度は真っ赤になっていて、つられてなのか、彼の言葉の意味を良いように捉え過ぎているせいか、私まで身体が熱く感じてしまう。 「……隊長が先に私と約束取り付けてくれてたら良かったじゃないですか」 「仕事終わるかわかんねーのにそんなこと出来るか」 「どんだけ真面目ですか」 「席官でもないのにこの時間まで残ってたお前には言われたくねーよ」 「褒め言葉にしか聞こえないです」 「褒めてんだよ」 またも間抜けな声が出そうになったのをグッ飲み込んで、言い返せない私に気を良くしたのか彼はニヤリと口端を釣り上げる。私の方が身長高いのに、見下されているようで悔しくなった。三席が言っていたことはこういうことなのだろうか。隊長には敵わない。 「隊長って天然ですか?」 「どこがだ」 「天然のタラシ?」 「おい」 他の女の子にもこうなのかと考えると、少しだけ胸が痛む。 「お前にしか言わねーよ」 ドキリと跳ねた胸はそれきっかけに早鐘を打つ。隊長の顔はまた赤くなっているけれど、今は私の方あ赤い気がする。熱くて熱くて堪らない。 「メシ、行くぞ」 取られた手は私のそれより熱いみたいだ。彼の体温が掌からしっかりと伝わってくる。このドキドキは、きっと。 (なんだかカップルみたいですね) そうなりたいんだ (良いだろ、べつに) ─クリスマス企画2015─ END (プリーズ ブラウザバック) |