「もう一回」 そう言った彼女は酷く機嫌が悪そうな顔をして俺を視界に捉える。身体は傷だらけのくせに気持ちだけが先走っているようで、武器を構えても足元はフラついて立っているのもままならない様子だった。 「明良、いい加減にしろ」 「おねがい、もう一回」 いつもならこちらから断ればすぐに諦めてくれるというのに、今日は簡単にはいきそうにないらしい。毎度毎度勝負を挑んできてはボロボロにされて、悔しいのはわかるが俺の気持ちもわかって欲しい。キミを傷つけることで、どうしてか俺の心が痛むんだ。 「立っているので精一杯だろう」 「おねがい」 「今日はどうしてそんなに、」 「強くならないと!」 突然声を荒げた彼女はその途端によろけてし まう。咄嗟に身体を支えることは出来たが、肩で息をしていることに本当にいつもと様子が違うようだ。彼女なら、たった三度の対戦後にこれだけの会話をすれば、すぐに呼吸は整うはずだというのに。 「強くならないと……藍染様に見捨てられちゃう……」 泣きそうな顔をして見上げてきては、その潤んだ瞳から今にも雫が落ちそうなほどに黒目が揺れる。眉尻を下げて少しばかり眉間に皺を寄せた表情に、理解が出来ない感情が自分の中に沸々と込み上げてきては思考を混乱させてきた。今日はまた新しいものが生まれたのかもしれない。藍染様に仕える身として彼女の考えは共感出来るものもあるが、それ以上に主君へ対する何とも言えない気持ちが芽生えてしまったのも初めてのことだ。どうして、こ んな気持ちになるのだろう。 此処で藍染様に見離されることがどれだけのことか、気持ち悪い存在だと虐げられていた現世から連れて来られた彼女にとって、救ってくれた彼は絶対的存在でありこの場所は唯一無二の自分の居場所だと、此処から離れるのは死ぬときだと豪語していたために毎日その恐怖心とも戦っている。彼女が居なくなることを考えると俺の中のおかしな感情が作用して、こうやって日々の鍛錬に付き合っているのだが、彼女から藍染様の名が出る度に脳がグラリと揺れる感覚を覚えるのだ。 支えていた腕を振り払うかのように自分の足で立った明良は、すぐに俺を見上げては深々と頭を下げてきた。 「最近、部屋に来てくれないの。藍染様」 それは彼女が遠くに行ってしまうことを暗示する 発言で、忽ち自分の中にも危機感のような情が湧いてくる。だけどそれとは別に、どこか頭の隅で安堵している自分がいた。藍染様が彼女の部屋へ赴いていたのは知っていたこと。それが無いと聞いた瞬間、無意識に彼女の腕を取っていた。 「藍染様と……部屋で何をしていた?」 「べつに、何もしてないよ、お話してるだけ」 「……そうか」 俺は何が気になっていたのだろう。ただそれを聞いて、酷く安心してしまった。藍染様が明良の部屋を訪れないのはただその暇がないというだけのことと知っている。だけど、それを彼女に教えたくはなかった。 「クリスマスの飾り付けもしてしっかりプレゼントも用意してるのに……私の部屋に遊びに来てくれるのなんて藍染様とヤミーくらいなのに、藍染様、もう私に飽きちゃったのかな」 二人が最近は全く顔を見せないと言う。ヤミーまで彼女の部屋を訪れているとは知らなかったが、どうせ二人でフザケているだけだろう。それよりも彼女が言うクリスマスとやらが気になってしまい、それを問えば目を丸くした後に掴んでいた腕を掴み返されてしまった。 「ウルにも用意してるんだよ、もちろん」 満面の笑顔でかけ出した彼女に引かれ、入るように促されたのは赤い装飾が煌めくこの世界には有り得ないような部屋だった。「頑張ったでしょ」と振り返った無邪気に笑う姿が、明るい部屋と相俟っていつものそれより魅力的に見える。部屋の隅に置いてあるカゴの中をがさごそと漁る明良は、一つの小さな箱を取り出して駆け寄って来た。 「これ、ウルにね」 現世から調達してきたらしいそれはこの部屋に似つかわしくない黒い箱に白いリボン。これこそ虚圏に相応しいと思いながら手に取れば、彼女はパチンと指を鳴らしてまたカゴの方へと駆けてしまった。 「ねえウル、私から藍染様の所に行っても怒られないよね」 少しだけ声を張った彼女は部屋の奥から大きな包を持ってまたも駆けてくる。不安と期待に満ちた表情が眩しくて無意識に目を細めてしまう。藍染様への贈り物を手にした彼女は、どことなく頬が紅潮しているように見えた。 「ああ、ただ無礼はするな」 「もちろん、わかってる!」 部屋を出た彼女からの小さな贈り物をジッと見つめれば、諦められないという初めての感情が生まれたような気がした。 (明良、キミが主君を選ぼうと……) 諦められそうにない ─クリスマス企画2015─ END (プリーズ ブラウザバック) |