b BLEACH

□ああ、やっぱり
1ページ/1ページ



眼鏡を押し上げながらまた一枚ページが捲られた。久しぶりに雨竜の家へ遊びに来ていみたけれど彼は一切私に干渉せずに小説を読み続ける。どうせこうなるだろうと予想が出来ていたから来る途中のコンビニでお菓子と雑誌を買って来ていた。だけどそれも宣伝ページはパラパラと流すだけで、あっという間に私の手から離れてしまう。
聞こえないようにしたつもりだったが、小さな溜息は彼に聞き取られてしまっていた。


「明良?」

「んー?」

「溜息なんて珍しいな」


誰のせいかわかっているのだろうか。私に声を掛けておきながらそれでも目はこちらへ向けられない。クリスマスに一緒に過ごせると聞いたから飛んで来たというのに、沈黙は一時間以上も続いていた。


「そりゃ溜息も吐きたくなります」

「なぜだ」

「今日何の日でしょー」

「クリスマスだろ」


どうやらそこはわかっているらしい。
半年前から付き合い始めて十月にはクリスマスプレゼントを用意するという浮かれた私とは正反対にも彼は相変わらず眼鏡を押し上げる。テーブルに頬杖をついて背中を見続けていると、机の前で足を組んだ雨竜はくるりと椅子を回して身体をこちらへ向け、漸く本から目を離した。


「ケーキでも食べたいのか」


真顔でそんなことを言ってくるものだからまたも溜息が出かけてしまう。ギリギリのところで我慢したが、気持ちは顔に出てしまっていたらしい。少しだけ眉間に皺を寄せた彼はパタリと本を閉じて立ち上がる。やっと構ってくれるのかと思えばそのまま私の前を横切り、ついには部屋まで出てしまった。怒らせたのだろうか、いや、怒りたいのはこっちの方だ。
気があったのは確かだし告白された時は嬉しかったけれど、今では私に興味が無いようにしか感じられない。デートへ誘うのもいつも私からだし、クラスが違うせいか学校で話すことも殆ど無い。そりゃ確かに彼女らしいことなんてしていないけれど、好きって気持ちはいっぱいなんだぞ。
視界の端に見えるバッグの中にはプレゼントが入っている。机に突っ伏して考えることはただ一つだけ。もうプレゼントだけ置いて帰ってしまおうか。一つ溜息を吐いて部屋の扉とは逆の方を向いて目を閉じると、心地良い彼の香りに包まれては襲ってきた睡魔に敵わなかった。


カチャカチャと耳元で響く金属音で目が覚めた。薄く開いた目には閉じられたカーテンが映り、徐に顔を上げれば目の前には白い土台の上で可愛らしいサンタクロースが両手を広げて立っているのが見える。


「あれ、ケーキ……?」

「食べたかったんだろう?」


ケーキは用意していなかったから、と付け足した彼はそっと私の頭へ手を伸ばす。くしゃりとそこを撫でられれば手が冷たくなっていることがわかった。


「わざわざ買ってきたの?」

「明良が食べたそうな顔してたからね」


買いに行くのなら一言そう言ってくれればいものを、何も言わずに出ていくから気分はどん底まで沈んでしまっていたというのに。それに私はケーキが食べたかったんじゃなくてただ雨竜に構って欲しかっただけなのに。


「雨竜がよくわかりません」

「少しずつ知っていこうって付き合い始めの頃言っただろう?」


切り込む角度まで計算しているのではないかと思うほど綺麗に包丁を入れた彼の器用さに惚れ惚れしてしまう。同じ大きさに切り分けられたそれを眺めていれば、クスリと笑う声が微かに聞こえた。


「やっぱりほら、食べたかったんだろ?」


そんなに物欲しそうに見ていたのだろうか。それとも涎でも垂れていたのか、「どれがいい?」と学校では見せない優しい表情で私へ問いかける。だけどそれには答えたくなくて、機嫌が悪いことを彼に気付かせたい私は唇を尖らせてツンと顔を逸らしてみた。立ち上がる彼の姿が横目に見える。私の隣へ腰掛けてはすぐに腰へ回される腕にビクリと肩が跳ねてしまった。


「機嫌悪いね」

「……だって相手してくれなかったし」


だからケーキを買って来てくれたのだろうかとも考えたが、今日はそんなことで流されてはあげない。いつもいつもジュースやお菓子でご機嫌を取られる私だけど、久しぶりのお家デートでしかもクリスマス。それなのにずっと小説と睨めっこだなんて、機嫌悪くなるに決まっている。一緒にいてこんなにベタベタしてくるような人じゃないけれど、今日はこんなものでは許してあげられない。楽しみにしていたのだから。
こちら向きに座っているのか、広げた足の間に私を挟んだ雨竜の腕の力はさらに強まり、視界の端には彼の膝が見える。スルスルと登ってきた手が胸に触れ、反射的に振り向いてしまった。


「いい加減ガマンしてるって気付いて欲しいな」

「ちょ、雨竜、」


言いかけた言葉は彼の口に塞がれてしまい、そのまま押し倒されてはテーブルへあたった足がカチャリとフォークを動かした。「明良を見ないようにするのに必死だった」と眼鏡を外した雨竜にまたも口付けられれば、私の機嫌なんて簡単に戻ってしまう。本当に彼は私のご機嫌取りが得意なようだ。




(プレゼント、持って来てる)

(……明良でよかったんだけどな)



ああ、やっぱり







─クリスマス企画2015─

END
(プリーズ ブラウザバック)



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ