b BLEACH

□君と過ごせるなら
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もみの木でもないのに街にはライトアップされた木が並び、オシャレなお店では派手な特設コーナーが出来る。焦って恋人を作った親友に白い目を向ければ、「あんたも早くしないと」と上から言葉を投げられた。


「クリスマスは彼氏と過ごさないといけない日じゃないでしょ」

「でも彼氏と過ごしたいじゃない」

「何の日だと思ってんの?」

「キリスト様の誕生日でしょ」


小学校から一緒の親友ですらそんなことを言ってくる。キリスト教徒でもないのに世間が騒めくその日は私が一番嫌いな日。両親がくれるプレゼントも、蝋燭が立てられたケーキだってどちらの日のものだかわからない。12月25日は私だって生まれた日だ。除夜の鐘がなる中で毎年親友に「おめでとう」と言えば、「どっち?どっちのおめでとう?」と新年を迎えたためのものか彼女自身の誕生日を祝福するためのものかと詰め寄られる。そこで思い出されるのが私の誕生日。「おめでとうございました」と今年も頭を下げられるのだろうか。


「そーいえば明良って彼氏いたことないよね」

「あんたと違って節操あるの」

「うわ、私が無節操だっての?」

「クリスマス終わったらいつもすぐ別れてるくせに」

「合わないってすぐ気付くんだから優秀でしょ」


合うから恋人になるのではないかと溜息を吐けば背中をバシバシ叩かれる。「いいじゃん、いいじゃん」と笑う親友に向けてまた盛大に溜息を吐いた。


「明良って好きな人もいたことないよね、気になる人も聞いたことない」

「……べつにいいじゃない」


親友が聞いたことないのも当然。私は高校生になった今でも初恋を経験したことがない。少女漫画のワンシーンのようなこともなければそんな甘い台詞を吐かれたこともないし、デカデカと丸々一ページに描かれた主人公に"ドキッ"という効果音が付くような出来事が未だかつて無いのだ。
みんなどうやって恋というものをしているのだろう。小学生の頃はパーティーをしようなんてはしゃいでいたというのにいつの間にか周りはカップルだらけで二人で過ごさせろオーラが尋常じゃない。だけど中学の三年間でこの空気の免疫もついた。はい。私は今年も家族でチキンを食べます。
イヴが一週間後に迫った今日という日は本当に辛い。昼休みになれば一気に教室の人口密度が下がり、どこのクラスだかわからない生徒達がやって来ては雑誌を広げて"当日"の計画を練り始める。顔が緩みっぱなしの周りを妬んでいるわけではない。この中の何人が私の誕生日を覚えてくれているのだろうと考えれば答えはすぐに出る。ゼロだ。何の日だと問えば親友同様キリスト様の誕生日と答えるに違いない。一人で昼食をとる姿を惨めだと思われるのも癪なため、屋上への階段を駆け上がりさらに塔屋のはしごをも登り切る。タン、と勢い良く足を着けば目の前で横になる人影に気が付いた。


「……黒崎くん?」


疑問符を付けなくともあの派手な頭は彼のものに間違いない。確信しながらもそうしたのは彼から反応があるか確かめたかったからだ。


「おー真滝か」


片目だけ開きチラリと私を見た彼はどうやら眠っていなかったらしい。そりゃそうだ。真冬のこんな場所で眠れるわけがない。こんな日のこんな場所に先客が居るとは思いもしなかった。


「寒くないの?」


側に寄るまでもなく声を発してもこの澄んだ空気の中ではよく通る。小さく唸った彼の声も私の耳に難なく届いた。


「教室いづれーんだよ」


なぜ彼がそうなのか疑問に思ったが仲間意識を持った私は嬉しくなった。私のはただ誕生日が偶々かぶってしまったキリスト様への嫉妬と、周りの目を気にして逃げてきただけに違いないのだけれど。


「真滝こそなんでこんなとこで飯食うんだよ」


身体を起こしながら私へと双眸を向けた彼は胡座をかいて問う。さみーだろ、と付け足したのが聞こえた頃には私も座り込んでいた。


「私も教室いづらくて」


お弁当を広げながら答えれば徐に立ち上がり私の隣へと腰掛ける彼が横目に見えた。


「風よけにはなんだろ」

「……相変わらず優しいね」


私が教室から逃げてきた理由を聞かないのも、彼の優しさに違いない。中学の頃から変わらない彼に無意識に安堵してしまう。今まで同じクラスになったことは一度もなかったが、たつきを介して顔見知りにはなった。ありきたりな会話しかしたことがないから正直話した内容など覚えていない。だけどさりげない優しさだけは身体が勝手に覚えているようだ。


「なあ、クリスマスってそんなに大きな行事だと思うか?」


唐突な彼の質問が私の思考回路を難なく遮断する。


「どうしたの急に」


ここへ来る直前まで悩みの原因だったそれを口にされ身体をも硬直させられた。唯一動くのは口だけのようで考えもせずに出た言葉がこれだ。彼だって考えていたことがクリスマスの日のことで急な発言などではなかったのかもしれないというのに。


「どいつもこいつもクリスマスクリスマスってうるせーんだよな」


啓吾とか水色とかクラスの連中とか、と付け足した彼もどうやら私と同じ理由でここへ来たらしい。いや、同じではないか。少なくとも彼はキリスト様に嫉妬なんてしていないだろうし周りの目を気にして逃げて来たわけではないだろう。友達の名前を口にした辺り"当日"の予定を練るのが鬱陶しくなったのかもしれない。隠れながら苦笑すれば黒崎くんは微かに私の顔を覗き込んできた。


「そういえばクリスマスってお前の誕生日だよな」


さらに身体が硬くなる。ついに口まで動かせなくなった。数秒の沈黙のあと漸く首が回るようになり硬直させた原因の彼へ視線を合わせれば今度は口が勝手に動き出す。


「……どうして知ってるの?」

「あ?お前が前言ってただろ」


ああ、そうだ。誰かが覚えていてくれるかもしれないと思ってそこら中で言い触らすようになっていた中学時代を忘れていた。もはやその言動は私の癖になっているようなもので今のクラスのほとんどの生徒にも四月の段階でそれを済ませている。だがそれを今覚えているのは、ゼロだ。だからこそ、彼の今の発言が信じられない。どうして知っているのかは解決したが、どうして。


「どうして覚えてるの?」

「そ、そりゃお前……覚えやすいだろーが、クリスマスが誕生日とか……」


ほんのり赤くなった彼の顔に気付きはしたが気になりはしない。それよりも親友ですら毎年忘れる私の誕生日を覚えていてくれたことに嬉しさが込み上げて涙が流れそうな勢いだ。


「……いつもキリスト様に負けてたのに」

「キリスト様?」

「キリスト様の誕生日でしょ?クリスマスって」


あーそうだった、と今思い出したような表情を浮かべた彼に私の胸がドキリと弾む。もしかしてこれは少女漫画の一ページを私は初めて摸しているのだろうか。突然の異性への感情に思考が全く追い付かない。頭をガシガシ掻いて彼が口を開いた時にはまだ私の思考回路は正常に作動していなかった。


「その、もし真滝が良かったら、なんだけど……お前の誕生日、俺にも祝わせてくれねーか?」


視線を逸らしながら言う彼に、頭は回っていないというのに私の口がまた勝手に動き出す。


「お祝い、してくれるの?」


小さく頷く彼の顔が真っ赤になっていることなど気にもせず私の頭は決壊したダムから流れ出た水のように回り出す。俺にも、と言われたが"私の"誕生日として祝ってくれる人など彼の他にいないのだ。今し方特別な感情を持ってしまった異性にそんなことを言われて頭も心も正常でいられるはずがない。毎年憂鬱になるこの時期にこんな初体験をするとは思いもしなかった。恋に落ちるという定義が不明な私にこれが恋というものなのかはわからないが、顔が熱くなるのと鼓動が早くなっていることには気が付いた。


「あーでもさすがにその日は無理だよな」

「な、なにもない」


またも頭を掻く彼から視線を逸らして平静を装いながら口を開くが想像以上に声は震えてしまっていて思わず裏返りそうになる。頭の中は未だに飽和状態だが気持ちだけ落ち着けようと隠れて深呼吸をしていると後ろから私と同じように微かに震える彼の声が聞こえた。


「じゃあ誕生日、空けといてくれ」


彼が言う"誕生日"がキリスト様のものではなく私のものだということに確信が持てる。欲しいものあるかと聞かれても首を横に振ることしか出来なかった。だって私はもう"初めての感情"を貰ったもの。今年のクリスマスは、産まれて初めて楽しみでならない。






(黒崎くんは何か欲しい物ある?)


君と過ごせるなら


(……いや、もう充分)







─クリスマス企画2015─

END
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