b BLEACH

□マイホーム
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彼のことなんて何も知らない私がズケズケとここに出入りするのは可笑しなことなのかもしれない。
血は繋がっていないであろうが家族のような鉄裁さんや雨ちゃんにジン太くん。
何が彼等を繋げているのだろう。
私にはわからない繋がりが、羨ましくて、寂しい。


「明良!野球!」

「ちょっと待って、帰ってからね」

「明良さん、気をつけてね」

「うん、行ってきます」


ジン太くんからの遊びの誘いをやんわり断り、雨ちゃんからおつかいの荷物を渡されて店を出た。
空が暗い。
厚い灰色の雲が私の気持ちを表しているようだ。
雨でも降られたら私の心の中まで同調してしまいそう。
彼に"拾われた日"も、雨だったから。

どうしてあの場所に居たのかもわからない、ズキリと痛む頭を抱えて目を開けると、そこに彼の顔が見えた。
「どうしたんスか」と声をかけられボーっとする頭で彼の質問の答えを探してみたが何もわからなくて、唯一わかることと言えば自分の名前だけだった。
所謂記憶喪失者となってしまった私は、歩道橋の側で倒れていたことで、そこから落ちたと結論付けられた。
しばらくすれば誰かが捜索願を出して少なからず小さなニュースにはなるはずだと浦原商店でお世話になり出して既に一年が経った。
一向に私の顔はテレビにも新聞にも載ることがなく、記憶を無くす前から一人だったのではないかと思ってしまう。
何かあったのは確かだろう、土砂降りの中倒れていた私の側には傘も荷物も何も無かったらしい。
本当に私だけが夜中の二時に彼に発見された。


「はい、これ浦原さんから」

「おう」


黒崎一護という男の子のところへ使わされるのも何度目だろう。
「中身は見ちゃダメっスよ」なんて言われてるから何が入っているのか知らないのだけれど、重くもないし振り回しながら歩いて来ても苦にならない。
それより彼を"男の子"と言っても良いのだろうか、彼の年齢も知らないし私自身の年齢もわからない。
年上だったら"男の人"と言うべきだろうが。


「それじゃ」

「さんきゅ」


また、あの何もわからない今の私の"家"と呼ぶ場所へ戻る。
黒崎一護も浦原商店のただのお客さんだとは思えない。
妹さんの遊子ちゃんはお菓子を買いに来てくれるけど、たまにあのオレンジ頭が見えた時には誰も姿を見せなくなる。
毎回皆揃ってどこへ行っているのだろう。
店番で残る何も知らない私。
何も教えてくれない彼。
意地でも繋がっている輪の中に私を入れないようにしているように思うのに、彼はどうして私をあの店に置き続けるのだろう。
探してくれる親もいなければ心配してくれる友人も居ない、記憶を無くす前も今と同じで一人ぼっちだったのだろうか。
どこかへ行ってしまいたい、そう思うと同時に、ポツリと頬へ滴が落ちた。
徐々に量を増すそれが私の足を止めさせる。やっぱり、私の心と同調しているようだ。
少しだけ以前の私がわかったような気がする。
恐らく、今と同じ気持ちだったのだろう。
すでに侵食する余地もない程に心が暗くなった。
誰かと居るのに一人が嫌だから、誰もいないところで一人になろうと考える。
それも恐らく以前の私は考えただろう。
このままお店には戻らずに、どこかへ行ってしまえば良い。
雨に紛れて気付かなかったが、いつの間にか泣いてしまっていたようだ。
ズッと鼻を啜って踵を返すと、容赦なく身体へ打ち付けていた雨がピタリと止んだ。
いや、違う、雨はまだ降っている。私の頭上に、傘が見えた。


「ウチ、そっちじゃないっスよ」


優しい声に振り返れば、彼が帽子の下から目を覗かせて微笑んでいるように見える。


「帰りましょう、明良さん」


帰るって、どこにだろう。
秘密が多くて、私だけが何も知らないあそこは、本当に私が帰ると言って良い場所なのだろうか。


「風邪引きますから、早く」


びしょ濡れになった私の肩を、彼は躊躇なく抱いて歩くように促してくる。
だけど私の足は何万トンもの水分を含んでしまったようにビクともしない。


「どうしたんスか」


同じ言葉を浴びせられて、あの日のことを思い出した。
どうしてのこのこと連れて帰られたのだろう、こんな気持ちになるのなら、あの時に既に一人になっていれば良かった。
それを求めていたはずの以前の私に謝りたい。
また同じことを繰り返していると、以前の私に叱って欲しい。


「喜助さん、もう良いですよ」


暗くなった心が落ち着いた声を出してくれる。
自嘲するような笑顔を貼り付けて、彼へ目を向けて口を開いた。


「探してくれる人もいないみたいですし、やっぱり私は一人の方が良いのかもしれません。今までお世話になりました。本当にありがとうございます。浦原商店は、凄く楽しかったです」


ジン太くんと野球の約束をしていたのに、この雨なら出来もしない。
雨ちゃんに行ってきますと言葉を残したのに、ただいまと戻らなければ怒るだろうか。
喜助さんに一礼して走り出そうとした瞬間、腕を掴まれて彼の胸へ引き寄せられた。


「なに言ってるんスか」


髪から滴る雨が私の涙と一緒になって頬を流れる。
低い声が、怒っているように聞こえた。


「もう良いってなにがっスか?そんなの私が良くありません。正直言うと探されていないことが嬉しかったんス、明良さんがずっとウチに居てくれるんだから喜ばないわけないデショ」

店番が嫌になったんならやらなくて良いっス、黒崎さんの所に使わされるのが嫌なら行かなくても良いっス、ウチが楽しいんなら、何が嫌でどこかへ行こうとしてるんスか。


額に張り付いた前髪を分けられて、彼の目を見ると睨んでいるようだった。
こんなに怒りを露にされたことは初めてだ。
それでも、私だって負けていられない。


「私はあそこの一員にはなれません。何も知らない、何もわからない、……喜助さんは、何も教えてくれないでしょ?」


睨み返すように言い放ち、腕を払いのけようとすればさらに強く抱き締められた。
離れようともがくも、それすら押さえつけられて動けなくなる。


「……あなたを巻き込みたくないんスよ」


耳に入る彼の声色が変わった気がした。
怒りに満ちた低い声から、弱々しく掠れているように聞こえる。
こんな声を聞くのも初めてで、驚いて反抗するのを止めてしまった私を、ガバリと離して口付けられた。


「喜助、さん」

「それでも出て行くというのなら、とことん巻き込みます」


道に転がった傘が雨水を溜め込んでいて、既にずぶ濡れになっている彼にもう一度抱き締められる。
頬へ手を伸ばせば冷えていることがわかり、今度は私がそれを口にした。


「帰りたいです、喜助さん」




(死神とか、信じられません)

(私と居てくれるなら別に信じなくても良いっスよ?)






END
(プリーズ ブラウザバック)



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