ひたすらに剣を振るい、人を斬って快感を覚える彼に、初めて会った時に、恋をした。 「綾瀬川さん、書類、置いておきますね」 「ん、今日も多いねー」 執務室には相変わらず綾瀬川さんしかいなくて、他はまたどこかでサボっているんだろうと苦笑が洩れた。 彼も怒ると肌に悪いと悟っているから、ただ黙々と仕上げているらしい。 その方が賢明だろう。 この隊の副隊長はまだしも、第三席と隊長は鍛錬場でまた暴れているに違いない。 「更木隊長はまたあそこに?」 「あーどうだろう、一角が行ってるし、昼寝でもしているんじゃないかな」 ありがとう、とかけられた言葉に一礼して、彼の所在を確かめたことを後悔した。 恐らく覚えてはいないだろう。 現世で命を落として、北流魂街80地区「更木」に送られた私は、またここで死ぬのかと絶望の中にフラフラと歩いている時だった。 霊力があるせいか空腹で何度も倒れながら、ぶつぶつと呟く人の間を縫って歩く。 山にでも入れば何かあるかもしれないと、街を抜けて崩れそうになる足を必死に動かした。 叫び声が聞こえてももう慣れたもので、こんなところでも誰かが死んでいるのかと目を向けた時、返り血で赤く染まった彼を初めて目にした。 《なんだ?ガキか》 《あ、……あの、》 《あ?なんだお前、斬られてーのか》 《……はい》 はっ、と笑って剣を振りかざした彼の目を見て、斬られたいと思っていたわけではないのに口が勝手に開いていた。 やっと楽になれると思うと恐怖も無かった。 ここで死ねばもう"私"という存在が無くなってしまうのかと少しだけ悲しくなったときに、振り下ろされた剣は目の前でピタリと止まった。 失せろ、とだけ言った彼の手が、無意識に流していた私の涙を拭い、泣いていたのだと初めて気が付いた。 放られたパンに咽ながら食らいつき、ありがとう、と声にならない礼を言えば、彼はただ片手を上げるだけで横になって眠ってしまった。 彼に救われたと言ってもおかしくないと思っている。 その数日後に死神に見つけられた私は、あの時のパンが無ければ動くことも出来なかっただろう。 忘れられない彼の顔。 護廷十三隊に入隊して、彼が隊長になったと聞かされた時には鳥肌が立った。 やっぱり、居た。 三番隊で席官の位まで上り詰めたが、戦闘力よりは鬼道に長けている私にとって、十一番隊という彼の隊に移隊出来るほどの力を持っていない。 それでも彼に少しでも近付きたくて、毎日鍛錬に励んでいるのはあるのだけれど、まだまだ目に留まるほどの腕を持ちあわせていなかった。 「あ、あきちゃん」 「草鹿副隊長、お疲れ様です」 更木隊長がいつも連れ歩いている彼女が、一人でいるとはどういうことだろう。 綾瀬川さんの言う通り、彼が昼寝中だから暇になってしまったのだろうか。 「草鹿副隊長、更木隊長とご一緒じゃなかったんですか?」 「剣ちゃんふて寝。つまんないからつるりんで遊ぼうと思って」 ふて寝、と聞いて、昔のことを思い出した。 あの時の彼も、機嫌悪そうに眠りについてしまったから。 「遊びに行って来るねー!」 元気に走りだした草鹿副隊長に苦笑しながら手を振り、久しぶりに彼の姿を目にしたくなってしまった私は、そのまま隊舎へと足を進める。 覚えていないことなどわかりきっている。 だけどたまに目にするくらい良いだろう。 今は幸運にも眠っているらしいし、少しだけ顔を拝むだけだ。 「失礼します」 小さな声で断りを入れて襖を開ければ、後頭部で手を組んだ彼が床で横になっていた。 眉間に皺を寄せたそれは昔と何も変わっていなくて、ついつい思い出してしまう。 側に正座して、顔を覗き込む。 「更木、隊長」 名を声に出せば、彼がいてくれなかった時の自分を想像してしまう。 どれだけ苦しんだだろう。 どこかで斬られていたかもしれない。 寝息ですら愛おしく感じてしまう私は、この人の為になら死ねる覚悟もある。 眠っているのを良いことに、そっと彼の頬へ手を添えた。 全く反応しない彼に、調子に乗った私の口が開く。 「更木隊長、覚えていらっしゃいますか、……あの時あなたに命を救われた、ガキです」 視界が霞んで頬から落ちた雫を見て、また、泣いていると気が付いた。 ズズッと鼻を啜ると同時に、伸ばしていた手が彼によって掴まれ、ビクリと肩が跳ねる。 「ざ、ら」 「覚えてるに決まってんだろ、……その泣き顔も、何も変わっちゃいねーな」 「起きて、たん、」 「起きた、……テメェの霊圧は気付くんだよ」 「どうし、て」 「やっと俺のとこに来たな、……遅ぇーんだよ」 手を掴まれたまま彼の上半身が起き上がる。 心臓は煩いくらいに跳ねているというのに、思考は既に停止してしまっていた。 「……待ってた」 「……え、」 「真滝明良、十一番隊に来い」 私が三番隊へ入隊したときから知っていたらしい。 声をかけるのを待っていたらしい。 ずっと、移隊させようとしていたらしい。 失せろ、という昔の言葉を、後悔していたらしい。 「どうして、」 「側に置いておきてーから、それだけだ」 掴まれている手を引かれて、大きな胸へと誘い込まれる。 躊躇なく顔を埋めれば、優しく頭を撫でられた。 (明良、死ぬなんて思うんじゃねーぞ) (あなたになら、殺されても構いません) END (プリーズ ブラウザバック) |