b BLEACH

□心、天秤
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店内を見渡すように目を走らせるのは、お客の残り少ないドリンクや下げて欲しい皿を探すためなどではない。
彼の姿を見つけるためだ。


「檜佐木さん、こんばんは」

「おう」


もう十日も目にしていなかったから少しだけ心配したのだけれど、どうやら檜佐木さんは無傷のように見える。
副隊長という位になってからめっきりこのお店に来ることも減ってしまったが、たまにでもこの優しい笑顔を見られるだけで私は幸せな気持ちになる。


「おい明良、俺も居んだろ」

「一角さんは毎日来てるでしょ」

「嬉しいくせに」


口端を吊り上げて笑う一角さんに、売上貢献ありがとうございます、とだけ伝えて踵を返せば、ギャンギャン騒ぐ一角さんがテーブルを叩く音と、檜佐木さんの笑い声が聞こえてくる。
今日も満席、快調だ。


「明良ちゃん、これ三番さん」

「はーい」


パタパタと店内を駆け回り、注文と提供に精を出しては名前も知らない死神さんに声をかけられてやんわりとそのお誘いを断る。
最初は戸惑っていたそれも、もう慣れたものである。
冗談を言いながらでも身体へ伸びてくる手を払いのけられるようになった。

帰り支度を始める人達が増えてきても、あのスキンヘッドは酒を呷る手を止めようとしない。
酔っ払ったところなんてほとんど見たことがないから、本物の酒豪というかザルなのだろう。
私なんて一杯でフラフラになってしまうというのに。
空いた皿を取りに行けば、檜佐木さんの顔がほんのり赤くなっているように見えた。


「珍しいですね、そんなに飲まれました?」

「いや、寝てねーから回るの早ぇーかも」


次!と叫ぶ一角さんの言葉に苦笑を漏らし、酒を取りに行こうと背を向ければ後ろから腰を何かに引かれて立ち止まった。
確認すると筋肉が付いた腕を巻かれているのがわかる。誰、と振り向くと同時にそのまま引き寄せられてストンと腰を下ろせば、耳元で囁かれてしまいその温かい息にビクリと身体が跳ねた。
これは誰かの膝の上だ。


「お前細すぎだろ」

「ちょ、いいい一角さんっ」


振り返ったときの一角さんの顔があまりにも近くて急に顔が熱くなる。
お尻を触られたり頭を撫でられたりということは今までにもあったが、こんなに身体が密着したのは初めてだ。
こんなの払いのけられるものじゃない。
今まで培ってきた私の経験なんて無にしているように腕はがっちりと私の腰を固定している。
一角さんも顔に出ないだけで酔っているのだろうか、確かにいつもより飲んでいる気はするが、次に持って来る徳利には半分水を混ぜようと冷静に頭を働かせている時、ハッと彼の存在を思い出して目を向けた。


「一角さん達ってそういう関係だったんすか?」


頬杖を付いてニヤニヤしながら口を動かす檜佐木さんの目は密着している私達を捉えていて、否定の言葉を口にしようとすれば斜め上からの声にそれを遮られた。


「いや、違ぇーよ」


私の胸中を察しての言葉ではないにしろきっぱりとした否定の言葉に安堵していたのも束の間、ペロリと耳を舐められてまたビクリと肩が跳ねる。


「ああでも、狙ってはいる」


低い声で囁かれてまた熱い息が耳にかかる。
力が抜けそうになるのを必死に堪えて腕を引き剥がし立ち上がれば、キョトンとした二人の顔が目に入った。


「一角さん、酔われていらっしゃるようなので、もうお酒はお出し致しません」


笑顔で言ってみるも心臓は煩いくらいに喚いていて、踵を返して歩きながら深呼吸をする。
檜佐木さんの前でなんてことをしてくれたんだ。
なんてことを言ってくれたんだ。
こんなことになるんだったら一角さんには私の彼への気持ちを暴露しておけば良かった。
だけど先程の耳にかかった息の熱や低い声の囁きは、私の脳裏に焼き付けられてしまって体温は下がるどころか上昇しっぱなしのような気がする。
どうしてだろう、ドキドキが止まらない。


「おい明良!酒!」


つい先程もうお酒は出さないと言ったばかりだというのに。
考えていた人物の声に一際大きく心臓が脈打ったが、空の徳利に水を満タンに入れて二人の席へと持って行く。
顔が熱いが赤くなってやしないだろうか。
どちらの顔も直視出来ずにコトリ、と小さく音を出して手にしていたものを置くと、あ?と不機嫌な声色の一角さんの声が耳に入った。


「お前これ水だろ」

「え、どうしてわかるんですか」

「におい」


どんな鼻だ。
あれだけ飲んでおいて離れた徳利の匂いで酒か水か判別出来るなんて酔っていなくても出来るとは思えない。
いや、百歩譲ってこの酒豪が酒を一滴も飲んでいない状態でそれが出来るとすれば彼は未だに酔っていないということだろうか。
だったら先程の発言の意味を理解し兼ねる。
私を狙っている、というのは本心なのだろうか、それともただ私をからかっているだけの冗談なのだろうか。


「明良、持って来てやれよ、一角さんまだ全然酔えてねーみたいだから」


優しい笑顔で檜佐木さんにそんなことを言われてしまっては持って来ないわけにいかない。
渋々といった様子で踵を返せばまたも腰に腕を回されて引き寄せられる。
この感覚はもう覚えた、一角さんだ。


「いや、やっぱもう酒いらねーわ」


またも耳元で囁かれて私の心臓が大きく跳ねる。
先程とは比べものにならないくらい顔が熱くなっているのがわかるが、真っ赤になっていたらどうしよう。
背中に感じる一角さんの心臓も心なしか大きく跳ねているように感じる。
見上げてみるといつもと違う気がする彼の顔が目に入り、徐々に鼓動が早くなっていくのがわかった。
首に埋まった一角さんの唇が擽ったい。
びりびりと身体が痺れる感覚に陥って思わず声が漏れてしまった。
ハッと両手で口を覆うも、見上げて見えた一角さんの目は大きく見開かれていて、檜佐木さんへと視線を移せばそれと同じような目を私へ向けられている。


「大将!こいつ持ち帰りで!」

「あいよ!」


あいよ!ってなんですか大将!
こいつってのが私だとわかっていないのだろうか。
立ち上がろうとしても未だに腰は一角さんの腕が巻きついたままで、ニヤリと笑う顔が私の視線の先にある。


「ここでイチャつくのはもう勘弁して下さい」


檜佐木さんの声に小さく舌打ちをする一角さんの腕から力が抜けた瞬間、今までに出したことがない速さで立ち上がる。
振り返ることもなく奥の方へ逃げるも、頭の中は一角さんのことでいっぱいだ。
どうしよう、かっこいいと思ってしまった。



(明良!帰んぞ!)

(い、一緒に……ですか、?)





END
(プリーズ ブラウザバック)



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