b BLEACH

□俺のもとへ
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苦手だ、と思い始めたのはほんの一年前のことだ。毎日のように執務室に来ては「今日もかっこいいです!」なんて言葉を残して去る彼女は煩いのもあり、その後向けられる部下からの目が鬱陶しかった。


「たいちょ〜、今日もかっこいいらしいですよ〜?」


席次に置く部下が目を細めて隊首席に擦り寄ってまでからかってくる。もう慣れたものではあるが眉間に皺を寄せるには申し分なかった。


「……松本、働け」


決まりきった文句を口から吐き出せばまたいつもの軽い返事が返ってくる。これが日課だと思えば執務に支障を及ぼすことはなかった。


本当に突然、彼女は姿を見せなくなった。気が付いたのはソファで横になる部下からの声がきっかけで、もうどれくらい此処へ来ていないのか頭で数えるのを無理矢理止めては筆を走らせる。けれど何か物足りなく感じるのは日課となっていた言動を自分が行わないからだと思っていた。「ちょっと調べて来ます」と部屋を出た部下が息を切らして戻って来て顔を顰めれば、その後口にした言葉に目を丸くした。


「隊長!……明良、四番隊の集中治療室です……!」


口をも開かない自分に行かないんですか、と言う彼女の声が硬直していた身体がピクリと反応させる。
鬱陶しいと思っていた原因が治療を受けているから何だというのだ。他隊の平隊員の様子まで見に行けるほど隊長格は暇ではないと自分に言い聞かせるも、集中治療室という言葉を聞いて胸のざわつきを抑えることは出来なかった。


「隊長が行かないなら私が様子見て来ます」


踵を返した彼女を呼び止めたのは本当に無意識のことで、それを認識した時には立ち上がらずを得なかった。


「お前は仕事してろ」


一言だけ残し部屋を出て、数歩進んだところで足を止めた。行って自分はどうするつもりなのだろう。どうしてこうなったのか、いつ動けるようになるのか、また自分の所へ来てくれるか、と、頭に浮かんだのは今まで自分が感じていたことと真逆にも彼女を心配するものばかりで困惑する。気付けば足はまた動き出していて、そんなことを思うより彼女の様子が気になって仕方が無かった。


救護詰所ですぐに捕まえた男性隊員に話を聞けば、真滝明良は集中治療室で虎徹からの治療を受けているとかしこまりながら答えた。副隊長からの治療を受けるほど容態が悪いのかと問い直せば、顔を歪めて小さく肯定の返事を返してくる。ザワリとまたも騒ぎ出した胸を落ち着けようと息を吐き、逆接詞を述べた男に目を向けた。


「虎徹副隊長の治療です、既に話を出来るようにはなっていると思います」

「……そうか」


安堵というよりも、今まで話すことも出来なかったのかと肝が冷える。病室を聞き出して足早に向かい、扉を開ければ横になる人影の隣で椅子に腰掛けた虎徹の背中がまず目に入った。振り返った彼女は少しばかり驚いた顔をして立ち上がる。


「日番谷隊長、どうされたんですか」


十番隊員ではない彼女の治療室に現れたのが自分だったからという発言だろうが、落ち着いた声音に胸を撫で下ろした。問いかけに答えず、容態は、と声に出しながら足を進めれば、眠っているのであろう目を閉じた彼女の顔が目に入る。頭に包帯を巻かれ顔中にある小さな切り傷は蚯蚓腫れのように赤く腫れ上がっていて、毎日目にしていたそれとは思えないほど痛々しく横たわっていた。


「昨日意識が戻りました、内蔵の治療も終えています、……ですが、」


もう死神としては動けないかもしれません。


彼女の言葉に目を丸くしたが、続ける声に耳を傾けた。利き腕とは異なるも神経を打たれた彼女の左腕は刀を振るうには難しいという。戦っている姿など見たこともないが、平隊員の片腕が使えない状態では戦力にもならないだろう。それに、と直後言葉を濁したことに眉間に皺を寄せ先を促せば、ぐっと拳に力を込めたのを視界の端に捉えた。


「運ばれてきた時は本当に悲惨な状態でした、腹を抉られて呼吸もままならなかったですが、一命を取り留めたのは彼女の生命力のお蔭です、ですが、……物凄く怖かったと、」


意識を取り戻した途端に泣き出した彼女は見ていられなかったと口にする。明るい声で煩いくらいに叫んでいた彼女から想像も出来なかった。来る度に笑顔であんなことを言うというのに、精神的にやられた彼女はもう死覇装を身に纏うこともなくなるだろう。必然的に瀞霊廷からも姿を消すかもしれない、そう思うと苦しいくらいに胸が締め付けられた。静かに扉が開いて虎徹を呼ぶ隊員を一瞥し、軽く頭を下げた彼女がすぐに部屋を出る。横になる真滝へ目を向けると、ゆっくりと瞼が持ち上げられた。


「っ、真滝っ、」

「日番谷、たいちょ……?」


弱々しい声と震える唇が居た堪れない。苦手になっていた彼女の声とは思えなかった。向けられた視線が天井へ移ったと思えば、僅かに口角を上げた彼女はまたも弱々しく言葉を紡ぐ。


「私……もう日番谷隊長に会いに行くこともないと思います……」


今まで鬱陶しくてすみません、と続けた彼女の目からは涙が伝い、無意識にそれを拭い取れば見開いた目がまたこちらへ向けられた。


「辞めるのか、……死神を」


彼女にも負けないくらいの弱い声が自分の口からも出てきた。もうあの笑顔を、声を聞けなくなるのだと思うと喉が上手く使えない。暗い夜道に一光も見えないまま歩く自分が頭の中を過ぎり、途端に目の前にいる彼女が自分の中でこんなにも大きな存在になっていたのかと奥歯を噛み締めた。


「辞めざるを得ません、……私はもう、虚を前にして立てる自信が、」

「十番隊へ来い、俺が文官としてお前を使う」


顔の傷が痛むのか、驚いた顔をした彼女がすぐに顔を歪める。無理矢理作った笑顔をこちらへ向けながら、また涙を流した。


「わた、し……馬鹿ですよ……?」

「……居てくれるだけでいい」


目頭から重力で枕を濡らす彼女の涙をまたも拭えば、ありがとうございます、と震える声が耳に入る。そんな声を聞きたいわけじゃない。元気に馬鹿なことを言う彼女の声を自分は欲しているのだ。

だから、だから早く。


「早く、……戻って来い」


部下にからかわれようと構わない。彼女という存在が自分の前から居なくなるよりは救われる。鬱陶しいなどと思うことももう有り得ない。ただただ、側に居て欲しい。





(乱菊さんに、早く会いたいです)

(これから毎日会わせてやるよ)







END
(プリーズ ブラウザバック)



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