いつからだろう。 毎日ここへ来て彼の話を聞き流すことに鬱陶しさを感じなくなったのは。 もはやBGMのように頭には入って来ない話の内容は私の耳を通り抜けるだけになった。 少し早口な関西弁のせいで軽い人だと思ってしまっては世の関西弁の方に失礼だとその考えを無理矢理拭い去ったのはつい先月のこと。 家に居ることが辛くて学校が終わればこの河原で本を広げる。 もう何年も前から続けているこの日課に彼が加わったのは半年前のことだ。 切ないラブストーリーに悔しくも涙を流してしまっているところに心配して声をかけてきた。 本を読んで泣いてました、なんて初対面の人に恥ずかしくて言えない私を察したのかクツクツ笑っていたのを覚えている。 私が本を読んでいるのにも関わらずどうでもいい話を毎日続ける彼に邪魔だと吐き捨てたこともあったが、チャラけた様子でスルーされてしまったこともあったはずだ。 慣れというのは恐ろしいものだと思う。 もう気にさえならなくなっている。 今日も変わらずよくわからない関西弁で捲し立てるように話して一人で笑っている。 何がそんなに面白いのだろうと思うが聞き耳は立てずに私は本に夢中になる。 だって恐らくこっちの方が面白い。 「なあ、たまには俺とお喋りしよーや、ほんま一人で喋り散らかすの疲れてきたわ」 二度目だった。彼に触れられるのは。 肩に置かれた手にビクリと反応すれば、スマンスマンと軽く謝られる。 一度目は泣いていた日、「どしたん?」と声をかけられてから頭を撫でられた。 それから一度も私が振り返らないというのに地面に手を置いて体重を後ろへかけて空を仰ぎながら話し続ける。 たまに知らない人の名前が出てくるが私には関係無いと無視を決め込んでいたというのに。 「せや、まだ自己紹介してへんかったな、平子真子や、よろしゅう」 差し出された手を握ろうか迷ったが、目が合っているのに一度でも心配してくれた彼は悪い人では無いとその手をとった。 「真滝明良、です」 「うおっ、なんや久々声聞いた気ィする!やっとこっち向いてくれたな〜」 ケラケラ笑う彼を不信に思いながらも握り返された手の肌触りが良くて驚いた。 そういえば人に触れるのも随分久しぶりな気がする。 親にも頭を撫でられたことが思い出せる記憶の中に一度も無い。 人と触れ合うことに興味は無かったが、少しだけ心地良いと思ってしまった。 「なんの話したらええんかわからんでプライベートなことまで曝け出してもうたわ、ほんま堪忍してーな」 私からの反応を待つために本当に色んなことを話していたのかもしれない。 だけど本に夢中になっている私は話の内容なんて何も覚えていない。 だから安心して下さい、なんて失礼なことも言えるはずがなく曖昧な返事だけを返した。 「今度デートせぇへん?なんやおもろいとこ見つけたんや、暇な時でええから」 突然の誘いに私は無意識に眉間に皺を寄せた。 勢いよく引き抜いた手は彼の肌の感触を覚えていて、いつもの自分の手よりも温度が高い気がする。 「怪しいとこやないで?健全なデートや、デート」 相変わらずニコニコと笑顔を貼り付けている彼のその顔ですら胡散臭くなって本に目を戻した。 何を言っているのだろう、突然。 やっぱり軽い人なのかもしれないと思うとまたもBGMとして彼の声を聞き流すことに決めた。 なあー、と肩を揺らしてくることに徐々に怒りを覚えて立ち上がる。 「いい加減にしてください」 きょとんとした表情で首を傾げて見上げてくる彼を強めに睨みながら口調を荒げた。 もうここでの読書は止めようとカバンを手に取り歩き出せば、後ろから名前を叫ばれた。 「しゃーないやろー、一目惚れしてんねんもん」 不覚にもピタリと足を止めてしまい、その言葉は聞き流すことができなかった。 私のことを何も知らない彼が"好き"なんて言葉を使えば簡単に聞き流すことが出来たかもしれないのに、一目惚れなんて言われたら信じざるを得ない。 悔しくも返す言葉が見つからず、唇を噛む。 後ろから近付いて来る足音が耳に入ったときには、またも彼の手が私の肩へ置かれていた。 「まあええわ、絶対落としたるさかい、覚悟しぃや」 耳元で低く囁かれてドクンと心臓が跳ねた。 今までに読んだ小説の中にそんな台詞があったかもしれない。 だけど関西弁での台詞なんてなかったために、思考は一時停止してしまった。 軽く肩を叩いて先を歩き出した彼の後姿を見ながら、やられた、と思ってしまったのは間違いではないらしい。 早いリズムで脈打つ心臓と身体が一気に熱くなる。 場所を変えてしまおうなんて考えていたのにまたも同じ場所でデートの日取りを決めたのは翌日のことだった。 (手ぐらい繋がせてな、明良ちゃんの気持ちええから) (そんな変態染みた発言やめて下さい、繋ぎませんよ) END (プリーズ ブラウザバック) |