考えるよりもきっと、身体の方が先に動いていた。 「朽木隊長」 いつもなら話しかけるのも躊躇してしまう私だけど、真っ白な隊長羽織を目の前で真っ赤にさせてしまった原因が私ともなれば話は別だ。 どうしようかと考える暇など与えず、私の口は勝手に彼を呼び止めた。 「申し訳ありません」 彼一人ならあんな虚キズ一つ無く倒せていただろうに。 己の弱さと不甲斐無さが目に見えてわかる。 肩からの出血はどうやら止まっているようだが、その大きさは私が顔を歪めてしまうほど痛々しい。 それなのに彼自身が平気な顔をしているのは、彼が強いからか、はたまた私に気を使っているのか。 謝るところではないとわかっているのだが、謝らないと私の気が済まなかった。 平隊員なんかに気を使っているなど思えないが、死ぬと覚悟した私の目の前で鮮血を飛び散らせたのは彼だ。 「……お前は弱い」 声量は無いというのに私の耳には嫌というほどよく通る。 冷静且つ的を得た彼の発言はいつも私の脳内を痺れさせ、胸を締め付ける。 彼に助けて貰ったのはこれで何度目だろう。 「重々、承知しております。……鍛錬を重ね、隊長のご迷惑とならないようより一層の努力を致します」 握る両の拳に力を込め、毎度同じ言葉を口にする。 有限実行とは程遠い、口だけだと罵られようと反論出来ないだろう。 だけど六番隊から異動などしたくなくて、彼の側を離れたくなくて、毎日嘔吐するほど鍛錬を積んでいるのは事実だ。 思い出せば悔しくて涙が出る。 音も無く私の目から落ちた水滴が床に薄く円を描き、それは頬から滴り落ちる度に数を増していく。 声を出さないようにと止めていた息が一気に外に吐き出されたと同時に、そっと頭に何かが触れて開放されていた喉がまた何かで詰まった気がした。 「明良、」 ゆっくりと顔を上げれば頭にあるのは彼の掌だとわかり、私を見下ろす目が身体を硬直させる。 初めて名を呼ばれた。 覚えてもいないだろうと考えていた私の生意気な頭を握り潰したくなる。 だけどそんなことも出来なくなるほど目も、口も、指さえも動かない。 心臓ですら、動いているのかどうかわからない。 唯一動いているのは私の鼓膜だけではないのかと思えるほど。 誰からも呼ばれる自分の名前がこんなに綺麗に聞こえたのも初めてだ。 彼が口にするだけで、別人のような気さえする。 「身体が勝手に動いただけだ、……案ずるな」 無表情に言葉を紡ぐも微かに動く彼の手が私の頭を優しく撫でる。 その居心地の良さに、はい、とやっと動いた口。 小さく応えた私の頭をまた一撫でし、ぐいと引き寄せられたかと思うと気付けば彼の腕の中にいた。 突然のことに思考回路は既に故障してしまって何が起きているのか状況が把握出来ない。 頬に感じる冷たい感触が自分の涙なのか彼の血が付いた羽織のものなのかさえ区別がつかなかった。 「お前の努力は知っている、だが弱い、……あまり無茶をしてくれるな」 また透き通るような低い声が耳の奥まで届いてくる。 優しい言葉だとわかっているのに、ただ自尊心だけが私の身体を突き動かすんだ。 (守られるだけは嫌なんです) (……構わん) (プリーズ ブラウザバック) |