小学生の頃に好きな人がいた。その人と目が合う度にドキドキして、話すだけで嬉しかった。サッカーとかバスケとか、昼休みに皆で集まる遊びに誘ってくれたら、その日一日が最高の気分で過ごせたんだ。 だけど卒業してから中学は別々の学校へ進学していつの間にかその子のことは忘れていて、真新しい恋もすることなく3年間が過ぎた。いや、強いて言うなれば"物語"に恋をしていたかもしれない。暇さえあれば小説を開き、図書室へも毎日通っていたのだから。周りが格好いいと騒ぐ男の子になんて全く興味が湧かなくて、シリーズ物の文庫本が次回はいつ発売されるのかということばかり気にしていた気がする。あまりにも異性へ興味を持たなくなった私は、将来は結婚出来ない んじゃないかとまで考えてしまっていた。 必死の勉強の成果で志望校には難なく合格。神奈川では進学校で有名な学校だったが、父親の仕事の都合で東京へ引っ越すことが決まった時には開いた口が塞がらなかった。寮も無い高校だったから通うことも提案したけれど、私を溺愛している両親が毎日満員電車に乗せることなど許すはずがなく、強制的に転校を余儀なくされた。 だけど転入した学校で、私はどんな小説よりも、彼に興味が湧いたんだ。 転入したばかりでまずは友達を作ることが優先かとも思ったが、この学校にはどんな本が置いてあるのだろうと足が勝手に図書室へと向いてしまい、その日当番だった図書委員の先輩が色んな本を紹介してくれた。室内に私達2人しかいないときにはお喋りに 花が咲き、女の子らしく恋愛の話までするようになった。本が大好きだという先輩に彼氏がいると聞き、どんな物語より彼が好きと言う彼女はとても素敵だった。私にもそんな恋が出来るかな、なんて考えていた時に、奥の方から小さな物音が聞こえて人が居たと気付かされ、隣から「あ、黒子くん居たんだ」と呑気に言う先輩に彼のことを教えられた。 "一目惚れ"なんて物語の中にしか無いと思っていた。 だけど自分が体験した気持ちは、ミステリー小説を完読して復習するために前のページへ戻って読み直すように、一行一行丁寧になぞって行くと恋だと思わせるものばかりだった。小学生の頃とは少し違っていて、だけど胸のドキドキだけは変わらない。話したことも目が合ったこともないけれど、私は黒 子テツヤくんに恋をしてしまった。 ::: 「観に来てくれてたんですね」 WC決勝戦には、私も緊張しながら足を運んだ。祈るように鼻の前で手を組み、だけど何も見逃したくなくて目だけは閉じなかった。 図書室へ通うよりも頻度が多くなっていた彼の部活練習見学で、チーム全員を見ていた私は試合終了のブザーと共に目から涙が溢れ出してしまった。喜ぶバスケ部の人達の中に黒子くんの笑顔を見つけて、あんな風にも笑うんだと初めての彼の表情も目にしっかりと焼き付けて、館内から出る際にマネージャーさんから合流しようという連絡を貰い今に至るのである。 「おめでとう!」 本で感じる感動とはやはりどこか違って、現実で目の当たりにするものは本当に格が違うと感じていた。ほんの少しの間しか私は彼等のことを見ていないけれど、それでも未だに目が潤んでしまっている。泣きじゃくるマネージャーの頭を火神くんが乱暴に撫でているのも見えて、自然と頬が緩んでしまった。 「***さん、全部観ててくれたんですか?」 「もちろん!」 瞬きする回数すら無意識に減らしていた気がする。以前に彼から聞いたことがある中学時代のチームメイトとの対戦ということで、私の緊張なんかより彼等のそれは計り知れないものだっただろう。相手はインハイ優勝校ということもあって、監督のリコ先輩も試合開始直前の表情は少しピリピリしているように感じていた。 凄くかっこよかった!と黒子くんに伝えたくても私の口はその言葉を出してくれなくて、目の前で微笑む彼と目が合う だけで心臓が早鐘を打ち出してしまう。小学生の頃は気になる人ともっと普通に話せていたと思うのに、今は息が詰まったように上手く呼吸も出来ないようだ。対峙している彼へ背を向け酸素を求めて静かに大きく息を吸うと、突然肩を抱かれて目一杯吸った息を吐くことが出来なかった。 「このあと少しだけ時間貰えませんか」 見上げるとすぐ近くで彼の瞳が揺れていて、私は息が止まったまま肯定の返事を返した。 ::: 学校の近くにある小さな公園で、私は黒子くんの隣に立っていた。 ひんやりと冷たい夜風が頬を掠め、無意識に肩に力が入ってしまう。言われるがままここまで着いて来たけれど、彼は公園の真ん中で、立ち尽くしたまま何も言ってくれない。緊張も相俟って沈黙に耐え兼ねた 私は、もう一度「おめでとう」と口にして彼の返しを待った。 「……勝ったら言おうと思ってたんです」 彼の澄んだ低い声が、私の鼓膜を心地よく揺らす。 「勝つつもりだったので、もう試合が終われば伝えると決めていたんですが」 何をだろう、と隣を見上げると、彼は相変わらずの無表情で私の視線とそれをぶつけた。吸い込まれそうなほど見つめられ、逃げ出したいのにそれが出来ない。またも黙ってしまった彼を不思議に思い声をかけようとしたところで、彼は漸く口を開いた。 「好きです」 冷たい澄んだ冬の空気は、その言葉をしっかりと私の耳に届けてくれた。 「初めてお会いした時から、ボクはあなたに惹かれていました」 図書室でのこと、毎日の練習は私が観ていたからさら に頑張れたこと、これからもずっと観ていて欲しいこと。 言い終えて小さく息を吐いた黒子くんは、フワリと笑みを浮かべて私の手を取った。 「ボクの恋人になって、これからも、ボクの隣にいてくれませんか」 暖かくて、私のよりも大きなその手が、心までも包んでくれているようだ。 こんなこと、現実でも本当にあるんだ。 物語の中だけだと思っていた想いを寄せている人からの告白は、私の思考回路をいとも簡単にショートさせてしまった。小説の主人公はこんな時どんな返事をしていたかなんて全く思い出すことが出来なくて、ただただ頷くことしか出来ない。直後に「無理してませんよね」なんてムードも無い彼らしい言葉が聞こえ、やっと笑うことが出来た気がした。 それから図書室で 見かける度に目で追っていたことや、図書委員の先輩には相談していたこと、いつか話をしてみたくて黒子くんが読んだ本も何冊か手に取っていたとカミングアウトすると、彼は一瞬驚愕の表情を見せてシュンと肩を落としてしまった。気づかなかったことが申し訳ないと言う彼に「それは私もだよ」と伝えれば、優しく、包むように、そっと頭を撫でてくれた。 (***さん、て呼んでもいいですか?) (私もテツヤくんって呼んでいいかな) END ━━━━━━━ 1万打記念リクエスト/蓮様 (プリーズ ブラウザバック) |