練習を終え部室へ戻る途中で、前を歩く大坪がビクリと肩を震わせた。何事だと目を細めてその先へ目を向ければ校内灯がギリギリ照らす場所に、俺の恋人───***が立っていた。 「まじで見えちゃいけないもん見えたかと思った」 「アレはそう見えてもおかしく無ェな」 どことなくドンヨリとした空気を纏う彼女を不思議に思いながら歩み寄れば、ゆっくりと顔を上げて俺と目を合わせ、表情が見えないからと携帯のライトで煌々と照らすと眩しそうに目を細めた。「それやめて」と小さな声で言われたことにまた疑問を覚える。いつもだったらこういう時そこまで言うかと呆れるほど暴言を吐かれるというのに、今日の彼女には覇気が感じられない。言われた通りライトを消すと、くい、とジャージの裾を引っ張られたのがわかった。 「どうした」 「大坪さん家の泰介くんのところはしっかり大会前にデートするらしいよ」 「なんだお前珍しく甘えたかよ」 「……クリスマスってがっつり大会中じゃん」 「……お前ほんとにどうした」 熱でもあるのかと暗闇に慣れてきた目で薄っすらと見える彼女の額へ手の甲を当ててみる。いつもより少しだけ熱い気がしたが、それは彼女が今照れているせいなのかもしれないと思うと面白くて仕方がない。笑い飛ばしてやろうかとも思ったけれど、若干震えているように感じることから頑張って言葉を紡いだと察することが出来る。こうやって馬鹿にしたように体温を確かめているのに、彼女は文句の一つも言ってこないのだから。 「練習で忙しいのはわかるけど……主将がデート出来るなら宮地も出来るよね」 強い口調でそう言われて、俺の胸が大きく跳ねる。 まったくコイツのたまに見せるデレは厄介だ。いつもは本気で腹が立つことを言ってくるのにその真逆のようなセリフを不意に口にする。その度に欲情してしまう俺の身にもなって欲しい。 はっきりと見えない唇へ口付けたくなる衝動を理性で抑え、頭を整理するために小さく息を吐く。珍しく彼女が素直になっているのだから、ここは俺も馬鹿にせず、この"珍しい甘え"を受け入れることにしよう。 「どこか行くか」 ::: 「で、やっぱりバスケかよ」 「お前どこでも良いっつったろ」 はいはい予想通りでした、と不貞腐れた顔でベンチへ腰掛けた***はバッグを置いてその中を漁りだす。やけに今日は荷物が多いなと思っていたが、取り出されたのはオレンジ色のタオルと小さなメモ帳だった。公園にあるストリートコートへ連れて来た俺が言うのもなんだが、デートだと言っていたのにどうしてそんな物を持って来ているのかと顔を顰めてしまう。それに気付いたのか、彼女はニヤリと笑って俺を見上げた。 「宮地ってアイドルショップとラブホしか知らないだろうから私連れて来るならコートだと思って」 「お前バカにしてんだろ」 「うん」 ケロっとした表情で肯定の返事を返す彼女に俺のこめかみの血管が痙攣したが、いつものことだから今は落ち着こう。 決してアイドルショップとラブホしか知らないわけではない。もちろん他のお店だって知っている。カップルが多い喫茶店だとか、雰囲気の良い雑貨屋だとか、街を歩く度に***と来てみたいと思っていたんだ。クリスマスデートという名目だからそういうお店も入れて一応計画も立てた。だけど頭の中でシミュレーションしてみると、なんとなくしっくりこなくて昨晩急遽コースを変えた。彼女とバスケをしている想像の方が遥かに出来が良かったからだ。 コートに連れて行くだろうと予想していた彼女の準備には少しだけ腹が立ったが、嫌がっている様子は無いからまあ良しとしよう。 悶々と考えていると、タオルを首に巻いた***が元気に立ち上がり、挑戦的な笑みを俺へ向けた。 「ね、勝負しよ」 「……お前ほんとにバカにしてんだろ」 王者と呼ばれる秀徳バスケ部のスタメンになっている俺へ勝負を挑んでくるなんて馬鹿にしているとしか思えない。もちろん本気で戦うつもりはないが、勝つ気でいる表情に腹が立った。 「ボッコボコにしてやるよ」 「ハンデはちゃんと貰うからね」 「ハンデ?」 「宮地は3秒以上ボール持っちゃダメ」 「あぁ?!」 もちろんドリブルしてる時もね、と付け足した***はジャッと勢いよくジッパーを下ろして黒いダウンコートを抜いだ。中に着ていたセーターの色に目を丸くしたのは言うまでもない。 「じゃん!秀徳バスケ部カラー!どうよ!」 両腕を広げ、胸を張って見せてくる。 バスケ部のユニフォームと同じオレンジ色をしたセーターを誇らしげな表情で見せてくる***は、本当に腹が立つほど可愛かった。肩の位置も合っていないそれは彼女の手の指先まで余裕で隠していて、ますます身体が小さく見える。だけどそんなこと気にしない様子で首に巻いたタオルをギュッと結び直し、睨むような目で見上げて口を開いた。 「このルールで木村には勝ったからね。3秒経ったらゴール前でも絶対私にボール渡して」 「……アイツ負けたのかよ」 ほぼバスケ初心者の***に木村が負けたという情報は俺を呆れさせたが、それよりも"いつ"そんなゲームをしたんだと気になってしまう。木村からもそんな話聞いたこと無いしそんな現場を見たことも無い。いつの間に、と嫉妬心が歯軋りをさせてきたところで、彼女はグッと拳を作って俺の方へ突き出した。 「そのハンデは呑むがマジでボッコボコにしてやっからな」 「臨むところだっての」 ニヤリとまた挑戦的な笑みを浮かべた***はどことなく妖艶で、いつもと何かが違った。 |