子供が欲しい、というのは***がずっと言っていたことだ。結婚する前からそれは耳にタコが出来るくらい聞いていたし、自分もそのつもりだった。大学を卒業して商社マンになって、落ち着いたところでプロポーズ。かっこいいセリフなんて口に出来なかったけれど、彼女は涙を流して喜んでくれた。学生の頃には同棲していたから、生活は然程変わらなかったのだけれど。 「計算せんでもオマエなら毎日抱いたる」 「毎日なんて私がムリだよ?」 所謂"危険日"を狙って行為をするのだが、***からのめでたい報告は結婚4年目の今も無い。「その計算ミスっとんのちゃうか」なんて言って一緒に調べたこともあったけれど、彼女が間違うはずがなかった。 今回で授からなければどちらかの身体に異常があるのかもしれない。病院へ行くことも予定に入れて、今日も***をベッドで貪った。 子供が欲しくないわけではない。出来れば欲しい。***との愛の証とでも言うのだろうか、自分の子というよりも、彼女との子が欲しいんだ。 ::: 「そろそろやろ」 そう言うと***は驚いたような目を向ける。どうしてわかるのかとでも言いたいのか、大きく見開いた目を何度か瞬かせると、携帯を取り出して専用のアプリを起動する。毎月毎月どれだけ気にしていると思っているんだ。周期が全く乱れない***の女の子デイズがスタートする日なんてもはや感覚でわかってしまう。彼女も完璧に把握しているし、義妹には「雰囲気で感じ取ってください」とまで言われているんだから。 今月も同様、***の前兆は変わらない。いつもより少しだけ食欲が増して、やたらと寝る。浮腫む足を擦る所を多く目にするようになるし、食卓の献立がほんの少し味の濃いものに変わるんだ。彼女もわかっているからレバーの煮物なんて出してくるに違いない。 携帯から視線を外した***は何も言わず、ただお腹を擦って溜息をついた。彼女を纏う空気がいつもと違う。もしかして、と自分の眉根が無意識に寄るも、それはクスクスと笑われてしまった。 「予定日、ほんとは昨日なんだけど、まだ来てない」 「……まじか」 「あ、でも遅れてるだけかもしれないし、まだ期待はしないでね?1週間こなかったら市販ので調べてみるから」 「オマエが1週間こんかったらそれもう確定やろ」 「……いてくれたら、嬉しいな」 穏やかに笑む***は、もう何年も一緒にいるのに見惚れてしまうほど綺麗だった。 ::: 「ただいま」 いつもより遅い帰宅となってしまい、少し量を抑えて声を発した。電気の点いていない廊下の先からリビングの明かりが薄っすらと漏れていて、まだ起きているのかと溜息をつくと同時に申し訳なくなる。何時になるなんて連絡はしていないから、帰りを待っていてくれたのだろう。扉を開けばスタンドライトの明かりだけの中、***が突然飛びついてきた。 「なんや、早よ寝ェ」 「翔一……翔一、っ」 嗚咽混じりの声で何度も名を繰り返す。何かあったのかと不安になり、震える身体を無理やり引き剥がしてその顔を見た。大きな瞳に涙を浮かべ、眉尻も垂れてしまっている。だけど口元に笑みを浮かべたた彼女は視線が合うなりその目を三日月に変えた。 「4週目だって」 「……へ?」 「まだ姿形も見えないけど胎盤は出来てきてるって、おめでとうございますって」 興奮気味に話す明良に向け間抜けな声しか出せなくて、頭の整理が終わった頃に力いっぱい抱き締めた。 待ち望んでいた、彼女との愛の証。 首を締めているネクタイを緩めるのも忘れて彼女を胸へ押し付ける。背中へ回された腕にも力が込められているのがわかり、そのまま抱きかかえようとしたところで漸く落ち着きを取り戻した。 「ほんなら尚更早よ寝んとアカンやないか」 「翔一が帰って来たらすぐ教えたかったんだもの」 フワリと笑んだ彼女の額へキスを落とせば、仕返しと言わんばかりに小さな唇が頬へ寄せられ、ちゅ、とリップノイズを響かせてまた無邪気な笑顔を向けられる。愛しくて仕方がない、"愛してる"という言葉では足りない想いが胸いっぱいに広がった。 離れていた時間も僅かになるくらい、これからの未来は彼女の傍にいると決めたんだ。 守るものが増えたけれど苦しみなんて感じない、何万倍もの幸せを味わえると確信している。 ***と、これから産まれてくる子を、一生守り続けてみせると心に誓った。 (青峰ンとこにも報告せんとあかんな) (うん。……そういえばホントに今日遅かったね) (昇進祝いや言うて同期とな、) END ━━━━━━━ 1万打記念リクエスト/なちゅ様 (プリーズ ブラウザバック) |