大量の問題集を抱えた翔一が朝っぱらから押しかけてきて、何事かと問う前に彼はニタリと口許を歪める。 正月ということで帰省していた私の家に、同じく東京から帰って来ていた彼はもう毎日のように出向いている。妹は彼氏が東京にいるからと今年の冬は帰って来ないらしく、両親も正月旅行で早朝に家を出て、ここには二人きり。幼い頃から一緒にいる仲だといっても、距離をとっていた時間を考えれば緊張しないはずもなかった。 「今日は勉強するで」 「う、うん」 T大志望の彼に合わせたわけではないが、学校と両親の獎めもあり同じ大学へ進学するつもりの私。模試の判定ではAとBを行ったり来たりというかんじで、センターで失敗しなければ危うくもないといったところだ。以前紹介してもらった桐皇高校バスケ部元副主将の諏佐くんも同じ大学志望ということで、一度だけ三人一緒に勉強したことがあるけれど、翔一の頭の良さというか、よく観察しているというか、解いていた問題の答えを先に別紙に記していたときには諏佐くんと二人で目を丸くしてしまった。解くの早いなぁなんて考える以前の問題で、いつの間に私のノートを見たんだろうと不思議にしか思わなかった。 "***のことならなんでもわかる" そう言った彼の優しい笑みを覚えている。昔のそれとは違う、私を見る目。 ::: 「翔一、これ」 「オマエにもわからん問題あるんか」 「あるよもちろん」 何言ってるの、と笑えば彼は穏やかな表情を向けてくれる。向い合っていたところから 隣へ移動してくれて、わかりやすいようにと図も書いて教えてくれるのだけれど……。 「あいかわらず、だね」 「なにがや」 「絵心、」 どの角度から見ても円錐には見えないそれを使って説明してくれる。口から教えてくれるのは物凄くわかりやすいというのに、その中に得体の知れない動物なんかも描かれてしまっては笑わずにはいられなかった。 「なに?これ」 「ネコやろ」 「ネコなんだ。ネコ使って説明してくれるの?」 「糸人間よりええやん」 「糸人間の方が上手く書けそうなのに」 笑っていれば頭を乱暴に撫でられて、「バカにしとんのか」なん荒い口調だけどその表情は中学の頃と全く違う大人びたもの。いつの間にこんなにかっこ良くなったんだろうと見惚れていれば、肩を抱き寄せられて唇を奪われる。覆うようなそれは本当に食べられているようでクラクラしたけれど、彼の大きな手が頭を支えてくれてされるがままその身を委ねた。 「ほんま、キレイになったな」 唇が解放されて、頬を撫でられる。 男の人のものだとわかる手で、割れ物を扱うように触れてくる。 「翔一?」 眼鏡の奥で細い目が三日月を描き、薄い唇が今度は私の額へと近付く。ちゅ、と小さなリップノイズの後は、彼の大きな身体に包まれた。 「昨日オマエの親父に話つけた」 「お父さんに?なに?」 「大学受かったら、一緒に住もうや」 ぎゅ、とさらに強く抱きしめられて、声が出ないのはそのせいなのかと思ってしまう。 信じられない、いつの間に。 「イヤか?」 顔を覗きこまれて不安そうな声音で聞いてくる。身体は離れたというのに、私の声は出ようとしてくれない。ただただ首を横に振って嫌なわけがないと表情で訴えてみれば、翔一はまた強く抱きしめてくれた。 「もう離さへん言うたからな」 大学の入学式を一ヶ月後に控えた私達は、初めて一夜を共にした。 END ━━━━━━━ 1万打記念リクエスト/caren様 (プリーズ ブラウザバック) |