女の子と話していると必ずと言っていいほど殺気に満ちた視線を感じる。部活中に「キャー!高尾くーん!」なんて声が上がって手を振ろうものなら直後の休憩で俺だけにドリンクが手渡されない。嫌味のように他の部員へ満面の笑顔を向けながら「おつかれさま」と声をかけているのは***で、俺の恋人。剛速球を投げるような完璧なフォームでボトルを投げ渡された俺は中身が零れないよう注意しながら受け止めるのが毎度のことである。 「高尾、女子にヘラヘラと手を振るな。***がボトルを潰すかもしれないのだよ」 テーピングを巻き直していた真ちゃんが溜息混じりにそう言ってくる。「部費がいくらあっても足りねーな」と隣で笑う木村さんに「そっすね」なんて軽い返事を返せば宮地さんに信じられないような握力で頭を掴まれた。 「そっすね、じゃねーよ!テメーのせいでこっちはヒヤヒヤしてんだ!辞められたら困んだからなんとかしろ!」 とりあえず***にイライラさせんな!と他の1年に当たり散らしながらコートへ戻る宮地さんに怒鳴られたのはもう何回目だろう。 タオルで汗を拭いながら***へ目を向けると、テキパキと働きながらもたまにこちらを睨んでくる。 わかっているんだ。俺のせいで***がああなること。悪く言えば嫉妬深い。良く言えば、俺のことが大好き。 だから、正直に言ってしまうと、俺はわざとやっている。 「お!香織ちゃん今日も来てくれてんじゃん。お目当ては真ちゃん?宮地さん?」 「高尾くん!」 「知ってる〜!」 出された両手にパチンと手を合わせて俺の最上級のキメ顔を届ける。その後にチラリと***を見やれば目一杯頬を膨らませて睨んでいるのが見えて、なんて可愛いんだろうと俺の心の中だけで満足するんだ。歩み寄ればプイッと顔を背けるのだが視線だけは俺へ向けられる。そこで一言「妬いてる***ちょー可愛い」とか「俺が好きなのは***だけ」なんて甘い言葉をかければすぐに彼女の機嫌は戻ってしまう。 だけど今日はそれが少しだけ違っていて、歩み寄ろうとした矢先、彼女は逃げてしまった。 それからどんなに近付こうとしても***はわざとらしく俺から離れる。ミニゲーム中にギャラリーへの反応も無しに***にだけ目を向けてみても、彼女はその度に俺から目を逸らした。 ::: 「………ヤバイかもしんない」 部室で呟いたのは無意識だった。〈 15分後に出る 〉という癖にもなったようなメールに返信がない。一緒に帰るために***はその時間に合わせて着替えて来てくれるから、いつもすぐに返してくれるというのに。 自業自得の不安が胸中を占める。十秒置きくらいに携帯を確認しても変わりはない。彼女で遊び過ぎたと後悔で頭を抱えていれば、着替え終えた真ちゃんが自分の携帯を前に溜息を吐いたのが聞こえた。 「高尾、俺は知らんからな」 「へ?」 なにが、と聞く前に歩き出した真ちゃんの背中を目で追い、開かれた部室の扉の少し遠くに***がいるのが見えた。閉まった扉を慌ててもう一度開けば、身長差が目立つ2人が並んで歩く姿が目に映る。どういうことだと思考回路も一瞬停止したが、中途半端な制服のまま身体は勝手に走り出していた。 「ちょぉっと待った」 2人の間に身体を捩じ込み引き剥がすように距離を取らせる。両手を広げる俺に真ちゃんは呆れたような目を向け、***は心底不機嫌だという表情でその場から一歩退いた。 「え、なに?一緒に帰るとかそういうんじゃないよね」 「そういうのなのだよ」 「許しません!」 「行くぞ***」 「ちょっと待って真ちゃん!いやいや***も!いつまでブスくれてんの」 「だって和成あたしなんかよりずっと他の女の子の方が良さそうじゃん。だから緑間にグチ聞いてもらおうと思って誘ったの」 プイッとそっぽを向いたまま***が言い終わると、真ちゃんが俺の後ろでまたも溜息を吐く。そして小声でそっと紡がれた言葉に、驚きのあまり声が出なかった。 「***がずっとお前のモノだと思うなよ、高尾」 風の音や草木が揺れる音、部室からは騒々しい男達の野太い声も聞こえていたというのに、一瞬で俺の耳はそれらを全てシャットアウトしてしまった。 真ちゃんに嫉妬したのは初めてじゃない。バスケでも、コイツに追いつきたくて死に物狂いで練習してきたんだ。今では同じチームだからこそ協力して勝とうと頑張れる。だけど、それとこれとは話が別。いくら俺がエースの影だからって、こればかりは譲れない。***は俺のだ。彼女が誘ったからと2人きりで帰らせるなんて、そんなことさせられるわけがない。えーえー妬いてますよ! 「むり。だめ。俺が着替え終わるまで***ぜってー帰んなよ。連れて帰ったりとかしたらいくら真ちゃんでも殴る」 こめかみの血管が動いているのがわかった。 尋常じゃないほど苛々している。 反省しよう。俺が毎日のように***に抱かせていたこの感情、胸が苦しくなる上にズキズキと痛む。 「あたしは緑間と帰る」 プツン、と頭の中の何かが切れた直後、***の腕を引いて部室棟の壁にその身体を押し付けた。乱暴だったせいか彼女の顔が一気に歪む。口を開こうとした瞬間にその唇を俺の口で覆い、角度を変えて強く強く貪った。 「んっ、和成、」 「お前に妬いて欲しくてわざとやってた、でもそれで他の男にお前取られるとかマジで無理。俺以外の男と2人で歩いたりするなよ」 今までの謝るから、と肩を落として頭を下げると、***はまたもそっぽを向いて「許してあげなくもない」なんて膨れっ面で言っているが、耳が赤くなっていることは誤魔化せないようだった。 (おい緑間、あいつらなに?俺ら出て来たの気付いてねーの?) (もう完全に自分たちの世界だな) (明日高尾の練習3倍決定) END ━━━━━━━ 1万打記念リクエスト/紅様 (プリーズ ブラウザバック) |