「げ、やべーもん忘れて来た」 そう言って走り出した和成は来た道を戻って行く。何も言われずに残された私と緑間くんはリアカーの上でその背中を見送った。 「チャリこぐ人いないと私達どうすりゃいいの」 「……よし、やるか」 テーピングが巻かれた緑間くんの指が眼鏡を押し上げ、その奥に見える切れ長の目が私を捉える。マフラーの中へ鼻まで埋めて彼の顔を見上げると、早くしろと言わんばかりに睨まれているのがわかった。学校へ戻るなら私達も連れて行ってくれればよかったのに、バカズナリ。 「これって私が負けたら私がこぐの?」 「当然だ」 「緑間くんが負けたら緑間くんがこぐんだよね」 「俺が負けるわけないのだよ」 ふーん、と言ってみるも確かに勝てる気はしない。この勝負はそう、ジャンケン。 部活が終わるまで和成を待っている時はいつも男2人が勝負をして私は既にリアカーへ乗り込み座ってその様子を見ているだけなのだが今日のこの状況は初めてだ。和成と付き合い始めてからもこのリアカーへ乗るのはいつものストリートコートまでだからこれを引くチャリをこいだことはない。重そう、と顔を顰めて甘えぶってみても緑間くんには全く通用しないようだ。 「ちなみにカズに負けたことは?」 「今のところ俺が全勝だ」 ですよね。だって和成は私にも勝ったことがない。彼の"ジャンケン練習"はどちらがジュースを買いに行くか、どちらが購買まで走るか、といったものばかりだが私が悔しく顔を歪めたことは一度もない。人事を尽くして毎日おは朝のラッキーアイテムを身につけている緑間くんが凄いのではなく単に和成が弱いだけだと思っている。私はそんなに強いわけじゃないもの。 「わかった。いくよー」 じゃーんけーんぽん、の声から何度同じ手を出し合っただろう。見事なほど被ることにストップをかけたのは緑間くんだった。 「マネっこか」 「そっちでしょ」 「ここまで続いたのは初めてなのだよ」 「私だって奇跡だと思ってる」 意地になったのか袖を捲り上げた緑間くんに習い私も同様に肘まで晒す。「まさかお前まで人事を尽くすのか」なんて白目になるようなことを言われたけれどこれだけで人事を尽くしていると言えるのならなんだってしてやる。このチャリはこぎたくない。前に宮地先輩がレギュラーを乗せて引いている顔を見たことがあるから。すんんんんんごく重そうだった。 休憩、と2人で喉を潤していれば空には星が見え始める。人も車も通らない道はやけに静かで、静寂を破ったのは緑間くんだった。 「高尾と付き合ってるらしいな」 え、今さら?もうどれだけ経ったと思ってるの?3人共同じクラスだし周りも知っているこの事実を今さら口に出されるとなんだか恥ずかしくなってくる。そしてどうして今なの。 「付き合ってるけど……緑間くん知らなかったの?」 「先週聞いたのだよ、高尾に」 「え!うそ!いつも一緒にいるのに?!」 ていうか気付いてなかったの、と言ってみるもたしかに以前の私達と何ら変わりはない。2人でいるときは、そりゃまあやることやってるけど。 「で、カズがすぐ教えてくれなかったのがショックだったの?」 「バカか」 照れるわけでもなく真顔で言われたことに私の方がダメージをくらってしまう。本気でバカだと思われたのだろう。たしかに緑間くんの成績に比べたら私なんて、という頭をしているのだが。 「そろそろ決着をつけるのだよ」 「のぞむところだ!」 互いに袖を捲り上げて掛け声を上げようとしたところでそれは遮られてしまった。 「ちょ!お前ら俺待たずに行こうとするとかなに!?おもしれー組み合わせだからこっそり見てたけど絶対俺のこと置いてくつもりだったっしょ!」 「あれ、和成くんいつ戻って来たの?」 「全っっっ然決着つかないとこ」 「高尾より***の方が勝負になるのだよ」 「つーか俺の話出てきたのに遅いとか思わなかったのかよ***!心配しろアホ!」 ギャーギャー言いながらも結局緑間くんとのジャンケンに負けた和成が安定してチャリをこぐ。彼の後ろでは終わらない勝負が続いていた。 「俺より***と気ィ合うなよ真ちゃん!」 (ほんと気が合うね) (フンッ、悪くはないのだよ) END ━━━━━━━ 1万打記念リクエスト/ぷぅ様 (プリーズ ブラウザバック) |