片付けと戸締まりチェックのために一人で体育館に残れば、無性にボールへ触れたくなってしまう。ここで選手でいることを諦めたけれど、やっぱりバスケは好きだ。 投げたボールはリングを掠ってネットを揺らす。よかった、入ってくれた、と胸を撫で下ろしていれば扉が開く音が聞こえた。 「私も仲間に入れてください」 振り返れば笑みを浮かべる***がシューズ片手に立っていて、また来たのかと溜息を吐けば少しばかり不満そうに頬を膨らませる。バスケフリークの彼女は俺よりこのスポーツが好きなのかもしれない。だけど自分でプレーすることなく男バスのマネージャーをしているのは、センスが無さ過ぎてミニバスの頃には選手を諦めていたことと、赤司が帝光中から一緒に進学してきたからだ。マネージャーになった経緯は、少しだけ俺に似ていると思った。 「お前じゃ相手になんねーよ」 「樋口先輩に言われたくないです」 「失礼すぎるだろ」 「でも怒らないでしょ?」 ドキリと胸が小さく跳ねる。後輩である部の主将が彼女のことを特別視していることは誰が見ても容易にわかるのだが如何せん彼女自身が気付いていないのが面倒なのだ。ただでさえ練習中も試合中も誰より一緒にいることが多い俺が睨まれていることを知っているのだろうか。 俺がその笑顔を向けられる度に高揚していることを、彼女は知っているのだろうか。 「あーやっぱり入んない」 リングを潜らなかったボールがバウンドを繰り返して戻ってくる。転がっているそれに手を伸ばせば***はニコニコしながら俺の様子を窺い、早く見せてと言わんばかりの表情で促してくる。この距離ならいつでも余裕で入る。だけどシュートフォームも完璧だっただろうボールはボードにぶつかってリングを潜ることはなかった。 「ほーらやっぱり樋口先輩も入んない」 相手になるでしょ?と細められた目がこちらを捉えて弧を描く。緊張して手が震えていたわけではない。***の隣で投げると、いつも入ってくれないんだ。 「私達の1on1って泥試合もいいとこですよね」 「どんぐりの背くらべだな」 「でも樋口先輩ってそんなに下手クソじゃないですよね、レギュラーがわけわかんないくらい上手いだけで」 ズバズバ言ってくるわりに本人に自覚はないのだろう。裏表のない笑顔が俺を捉えてまたも心臓が大きく脈打つ。抱き締めたい衝動に駆られるのは、これで何度目なんだ。 「樋口先輩とコートに立ちたいです」 「立ってるだろ」 「試合で」 「不可能」 わかってますよ、とケラケラ笑う彼女に目を奪われてスリーポイントラインまで下がった俺の手から放たれたボールはリングにぶつかって床へ落ちた。ああ、やっぱり入らない。 「一緒に投げてみましょうよ」 は?と言う前に隣に立った***はボールを片手で持って見上げてくる。二人の真ん中にあるそれへ手を添えれば、肩がぶつかって胸が跳ねた。 「こんなん入るわけないだろ」 平静を装って無理やり落ち着いて声を出してみる。 「じゃあ入ったらキスして下さい」 驚いて、何を言ってるんだと聞き返す間もなく持ち上げられたボールに力を込めれば、隣からはまた小さく声が聞こえた。 「入らなかったら私から」 放たれたボールは全く届くことなく弧を描く。 それが床へ落ちる前に、ジャージを引かれて振り向いた先、唇に柔らかい感触を覚えて身体が硬直した。 「先輩が好きです」 「……お前な、」 熱くなった顔は真っ赤になっているはずだ。 見られたくなくて片手で覆い隠しても、彼女は目の前でニコニコしている。 「不意打ち、」 からかっているのかと問えば、彼女も頬を紅く染め上げ。 「ずっと我慢してました」 ああ、もう、くそっ。こっちだって我慢出来ない。 額を小突いて抱き締めれば、細い腕が背へ回された。 (バスケ部追い出されるかもしれない) (私がそんなことさせません) END ━━━━━━━ 1万打記念リクエスト/リン様 (プリーズ ブラウザバック) |