企画

□虹村のクリスマス
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引退して4ヶ月。勉強も手につかなくなるほどウズウズしだしたらここへ来てはボールを転がす。冷たい風がボールの軌道を変えて何度ボードから跳ね返ってきたかわからない。指がかじかんでいるせいだろうか、なかなかリングを潜ってはくれない。


「しゅーぞー」


くぐもった声の方へ目を向ければマフラーへ顔の下半分を埋めた***が立っていた。


「おばさんがそろそろ帰って来て欲しいみたい」


両手はコートのポケットに入れたままそう言った***は一度ぶるりと震えてまた俺を見据える。ストリートコートを囲うフェンスに肩を預けた彼女は「はーやーくー」と俺を急かした。


「こんな時間に外出るなよ」

「シュウが電話出ないってアタシにかかってきたんだもん」


呼んで来いってことでしょ、と笑う***は今度は背中をフェンスへ預けた。夜風は昼間のそれより一段と冷たい。肩をすくめた彼女は寒そうにさらにマフラーへ顔を埋めたようだ。


「今までがっつりバスケやってたのにまだやり足りないの?」


小さく聞こえたその声は、俺を咎めているようだった。

隣の家に住む***とは物心つく前から一緒にいる。それはもう立って歩くという行為が出来る前からで、共に会話というものも覚えてきた。俺も彼女も初めて口にした言葉は"ママ"。その次が、まさかのお互いの名前だったらしい。母親同士は実に喜んだらしいが、それを聞いたときの俺達ふたりは信じられないと怪訝な表情をとったのだ。周りが初恋という経験をし出してそれが話題に上がるような年齢で、自分で言うのもなんだがその時の俺達は本当にモテていた。だから俺の周りは頻繁に***の話題になったし、彼女の周りでは俺の話がよく出ていたらしい。登下校も一緒にしていた俺は友達に囃し立てられるばかりで、***は疎まれ僻まれと小学校低学年では互いに不愉快な思いしかしていない。いつからか行動を共にすることもなくなって、親が心配するほど距離を取るようになっていたというのに。


「***、明日メシ作って。おふくろ病院泊まる」

「うん聞いた、そのつもり。ケーキもちゃんと買って来てあげる」


いつの間にかまた一緒にいる。それは耐えられないくらいお互いを必要に思ったからではなく、ただ気付いたらまた隣にいるようになっていた。
コートを出て彼女の額へ手の甲を当てれば俯いていた顔を上げる。睨むような目が俺を捉えて不機嫌なんだと悟らされた。


「ずーっとバスケバスケだったのにまだやるの?」

「スキなもんは仕方ねーだろ」

「アタシの相手はしてくれないくせに」

「ガキじゃねーんだから甘えんな」


呆れたように笑えばマフラーから口が出てくる。頬をぷっくりと膨らませてご機嫌ナナメなことを必死に伝えたいらしい。そんな幼稚な彼女を愛おしいと思うようになったのも、いつからかはわからない。


「ちび達の相手してきたの誰だと思ってんの」

「おーおー感謝してるよ」


頭を撫でれば漸くポケットから出てきた手が俺のそれを包む。冷えきった指は***の暖められた手によってじんわりと痺れるようだ。


「あと少しなんだからアタシの相手もしてよ」


小さく紡がれた言葉の後に彼女はゆっくりと見上げてくる。潤んだ瞳は街灯の光で益々綺麗に見せていた。
卒業すればアメリカへ渡る。親父の治療のためだとわかっているから反対なんてしなかったけれど、***と離れると考えたときは頭が真っ白になりそうだった。小学生のときはあんなに簡単に離れることが出来たのに。


「修造、クリスマスプレゼントちょーだい」

「んなもん用意してっかよ」

「だよね、アタシも」


公園の時計は0時丁度を差している。イヴが終わり、クリスマスになった。

俺の手を握っているそれを引けば彼女の頭は簡単に胸に収まってしまう。


「ずっと一緒にいてもっと思い出作ればよかった」

「永遠の別れみてーに言ってんなよ」

「アメリカ行ったら巨乳のオネーサンとかに鼻の下伸ばすんでしょ」

「かもな」

「アタシ以外の人にもこういうことするんだ」

「……かもな」


中学3年、彼女の青春はまだまだこれから。今なお俺の周りでは***の話題が耐えないというのに、高校へ入学すれば近くに俺がいないだけで言い寄ってくる男は数知れないだろう。日本から離れる俺が"待ってろ"なんて言える立場ではないとわかっている。縛れない。***はただの"幼馴染"なんだ。


「アタシは修造以外にこんなことさせない」


突き立てられた腕が俺の胸を押す。今にも泣きそうな顔が目に映り、片手に持っていたボールを落としてしまった。無意識にも近く***を両手で抱き締めれば、彼女は抵抗することなく包まれてくれる。


「ンだよお前、ふざけんなよ」

「ふざけてない」

「俺だけヨユー無ぇみてーだろ」

「余裕なんて……アタシにだって無い」

小学生の頃に離れたことを後悔した、バスケ部の見学にもっと行けば良かった、俺が出ている試合をたくさんビデオに撮っておきたかった。


震える声で***が言葉を紡ぐ。後悔の念が押し寄せてくるのは俺も同じだ。


「卒業したくない」

「ガキか」

「シュウと一緒に居られるなら……ガキでいい」


シャツが握られる感覚が肌に伝わってくる。
彼女が好きだと改めて感じてしまう。


「好きなんだもん、」

「……俺も」


いつの間にか降ってきた雪は、俺達の周りにだけ降りて来ない気がした。





(帰って来たらお前に一番に会いに来てやるよ)

(アタシが一番じゃなかったらもう一生ゴハン作ってあげない)






END
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1万打記念リクエスト/楓様



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