企画

□一角と同隊ヒロイン
1ページ/1ページ



落ち着かない。苛々する。


「寂しいでしょ」


そう言ってきたのは弓親だ。俺の気持ちに気付いているのかニヤけた顔で覗き込んでくる。


「ンなわけねーだろ」

「そう?***が一角の周りうろちょろしてないから僕は違和感あるけど」

「いつまでも張り付いてられちゃ鬱陶しくてしょうがねぇ」


強がり。そう自覚している。だけど男は強がってなんぼだろ。

***が十三隊に入隊して最初の配属先は彼女の性格に全く似合わないここ十一番隊だった。大人しく、立ち居振舞いも良い家の者だとすぐに悟らされるそれが入隊してすぐどういうわけか俺に懐いた。気付けば近くに居て任務はどうだったか、これはどう処理すれば良いのか、なんて俺に聞いてきてはメモを取る。真面目で勉強熱心で、隊長にも認められるほど強くて、隊風には相応しくない笑顔を見せられては俺の心臓は早鐘を打った。最初は邪魔だと感じていたのもいつからか不思議とそれが落ち着くようになっていたんだ。
だけど、新人教育についた彼女は本当にソイツに付きっきりで、その様子を見ていて苛立つことに嫉妬心だと気が付いた。ふたりを目にする度に苛立ち、視界に入れないように口実を作っては逃げ出し、極力***と関わらないようにと避けていたというのに。毎日、数刻おきに彼女が目に入ってしまうのは俺が無意識にその姿を探しているからだ。


「***さん、今晩お食事でもいかがですか?いつもお世話になっているのでご馳走させて下さい」


憂さ晴らしに道場で暴れてから昼飯に行こうと歩いていたとき、嫌でも覚えてしまった新入りの声が耳に入った。角を曲がったところで視界に捉えた二人、俺が最近最も目にしたくない二人だ。いつもだったら遠回りしてでもその場から離れるというのに、今日はそれが出来ない。食事?ふたりで?顔を見れば下心があるのがまるわかりだ。足音も霊圧も押し殺し前を歩く二人にバレないように後ろを付いて行く。柄にもなく***の返答が気になった。


「そんな、結構ですよ。それにもう私が教えられそうなことはありませんって何度も言っているじゃないですか。今度の任務にも私は同行出来ませんから、お気になさらないでください」


穏やかな彼女の声音、表情が見えずとも微笑んでいるとわかる。なるほど、彼女が付きっきりというわけではなく、あの新入りが付き纏っていただけだったのか。そうとわかれば***が新人のときを思い出して笑ってしまう。彼女も本当に俺にべったりだったから。そしてまんまと彼女に惚れて、今こうして嫉妬心を煽られている。だけど、だとしたら、彼女が俺のようにあの新人へ惚れていてもおかしくないのかもしれない。


「***」


口が開いたのは無意識だった。胸がざわついて気付けば焦って声を発していた。この名を口にしたのも久しぶりだ。そして、振り返った彼女の視線と俺のそれがぶつかったのも、本当に久しぶりのことだ。


「一角さん」


ふわりと笑みを浮かべた***はすぐに俺のもとへ駆けて来る。綺麗に背筋を伸ばして滑らかな動きで軽く頭を下げ、また視線が合えば俺の胸が大きく跳ねた。久しぶりに名を呼ばれた、俺に向けられた声が嬉しくて堪らない。ああ、やっぱり、好きだ。


「なんだかすごく久しぶりな気がします」


優しく笑う彼女を自分だけのものにしたいと思うのは、やはり俺だけではないらしい。***の後ろに立つ新人も俺へ頭を下げたかと思えば眉尻を上げて睨んできている。渡す気なんて無い、これ以上一緒に居させてたまるかよ。


「今晩久しぶりにメシ行くか」


対抗。餓鬼っぽいが、同じ誘いをしてみたくなった。勝機があるわけではない。心臓はさっきとは違い嫌な音をたてて脈打っている。だが、断られたら、なんて考えもなかった。


「……はい、行きたいです」


空気が甘くなったように感じるほど可愛らしい笑みを浮かべ、彼女は少しだけ頬を赤らめて口を開いた。
ああ、くそ、彼女に関しては強がることなんて出来ないのかもしれない。もう俺のそばから 離れるなと、今にも抱きしめてしまいたい。


「なあ***、」


衝動的に彼女の頬へ手を伸ばしていた。小さな顔は片頬と耳まで包み込める。親指でゆっくり撫ぜれば大きな目はさらに大きく見開かれ、ジッと俺からその視線が逸れることはない。何をしているのだろう、何をしたいのだろう。不思議と鼓動は落ち着いているが思考はストップしてしまっている。身体のパーツがバラバラになってそれぞれが意思を持っているかのように勝手に動いているようだ。


「俺から離れるな、戻って来い」


それは、口までも。なんだ、戻って来いって。
別れた恋人じゃあるまいし、そんなこと言える立ち位置にいるつもりもないというのに。だが、紛れも無い本心。彼女はどう返してくるだろう、困らせてしまっただろうか、この綺麗な顔を歪めてしまうだろうか。いま俺へ向けられている視線が後ろへと流れれば、立ち尽くしている男に気があるのだろうと察しがついて諦めることが出来る。
その目を逸らさないで欲しい。俺だけを見ていて欲しい。


「はい、離れません」


頬にある俺の手に添えるように彼女の手が被せられる。ほんのり赤く色付いている耳は徐々に熱を持ち始めているらしく俺の手まで熱くなってくる。唇が綺麗な弧を描き、大きく丸い目が三日月に細められれば、彼女の口からは確かに言葉が紡がれた。


「一角さんの声が聞けなくて……おかしくなりそうでした」


彼女の後ろに立つ男が肩を落として踵を返すのが見えた。アイツにとっては致命的な言葉だっただろう。俺だって息を咽んだ。だけど彼女は振り返ることなくただひたすらに俺の目を見てくれている。
強がることはやはり出来ないらしい、吸い込まれそうなほど澄んだ瞳に俺の心まで捕らえられてしまっている。


「ずっとずっと、お側に置いてください」


引き寄せて抱きしめれば、彼女がいると実感する。

落ち着くんだ、***がいると。

強がったりなんて出来ない、俺が離れることが出来ないんだ。





END
━━━━━━━

1万打記念リクエスト/ひのき様





(プリーズ ブラウザバック)



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ