「お願いがある」 洋南大学自転車競技部部室、講義を終え午後まで空き時間となった明良と荒北のみが寛ぐそこで、記録ノートから目を離した彼女が突然居住まいを正して口を開いた。 「なぁにィ?」 遅い時間までのアルバイトで寝不足の荒北は目も開けずに返事を返す。テーブルに突っ伏した彼はそれでも意識だけははっきりしていた。 「千葉まで送って」 「……は?」 前触れの無いその申し出には荒北も顔を上げ、眉間に皺を作って聞き返してしまう。 「私免許取ってないし」 「ンだよいきなり千葉って、」 「後輩とメールしてたら会いたくなったから」 「コンビニ行きたくなったみてェに言わないでくれるゥ?」 「いいじゃん、たまには運転しないと鈍るでしょ?」 運転の仕方忘れちゃうかもだし、とノートを閉じた明良は、すぐさま携帯で返信のメールを作り始める。内容は勿論〈 行く、今日 〉。 面倒臭そうに悪態を吐きながらも、荒北の心情は嬉しくて堪らない。2人で過ごすことなど今いる部室が限度であり、その他の時間には金城が張り付いていて"2人っきり"になることなど諦めていたからだ。 「いいけどォ、いつだヨ」 「今日行こう!」 「はァ?!」 「バイト休みでしょ?私も今日何も予定ないし、思い立ったが吉日!」 レンタカー予約したから!と午後の講義が終わる時間から千葉へ到着するであろう予想時間を息継ぎも無しに言い始めた明良に、荒北はそれを聞きながら呆れて溜息を吐く。1年前に自分で言った"神出鬼没"の言葉を思い出しては的を射過ぎていることに心の中で己を褒め称えた。 「ッゼ!マジでオマエ急すぎ!」 「あ、ごめん、やっぱりダメ?」 猫のような気まぐれ、自由な明良の円らな瞳に見つめられ、荒北は頬を染めながら乱暴に彼女の頭を撫でる。 「ア〜〜クソッ、わーった!けど金城とか誘うなヨ!」 「え、なんでよ」 「なんでも!ぜってェ!」 「わ、わかった」 こうなったら意地でも2人の時間を作ってやる、と勢いのまま思ったことを口にした荒北だったが、伸ばした手を拒絶しない明良を目にして背を向けてからは跳ねる心臓を鎮めるのに必死だった。 ::: 「なんじゃァ金城、どうした」 午後の講義を終え、廊下で携帯を片手に立ち尽くす金城を見つけた待宮が声をかけたが、彼は携帯を見せられて同様に立ち尽くしてしまった。 〈 荒北とちょっと千葉まで行って来る! 〉 |