「明良、今日は練習の後どこか食べに、」 「ごめん、今日先輩の買い物に付き合うから」 自転車競技部の面々が明良を誘うのと同様、金城や荒北、待宮も声をかけるがそれは尽く拒否されていた。入学式から洋南大生の目を引いた彼女は、男性陣のみならず勿論女性からも人気を集めている。ただ絶対に声がかからないのは合コンの誘いのみ。それは明良も行く気が無いため助かっていることだった。 「アイツ最近寝てなくネェ?」 「あと巻島の話が全く出てこんのォ」 たまの連絡が取れた翌日は明良から巻島の話題が出る。やはり忙しいと伝えられ、それでも自転車には乗っているという話は彼女から満面の笑みと共に聞かされていた。金城達が悔しがるのも当然、最近では滅多に見ることが出来なくなった明良のその笑顔を、巻島は会いもせずに浮かばせることが出来るのだ。元々マメな男ではないとわかっているためメールの返信が少ないことには金城も頷くのだが、明良のことを常に気にしていたような彼を思い出せば不思議でしかならない。巻島は一体どうしたのだろうと疑問に思いながら、セミが鳴き始めた夏の初め、女生徒達の誘いに乗るようになった明良に、もう高校の時とは違うんだと金城は痛感していた。 ::: 「すごい美人と付き合ってるらしいな」 ドサリとソファへ腰掛けた巻島に、その兄が紅茶を片手に声をかけた。 「ん?あぁ、……日本だけどナ」 どうして知っているのだと疑問に思うこともない。大方使用人の誰かに聞いたのだろうと容易に察しがついた巻島は、渡された紅茶を口にしてその愛しい人の顔を思い浮かべる。時差など関係なく彼女ならいつ連絡しても起きているだろう、メールを送ればすぐに返信がくることに、彼は微笑みながら熱い紅茶を啜った。 「連絡は取ってるのか?」 「まぁ、そんなしょっちゅうは取ってないショ」 「随分自信ありげだな。不安にはならねーのかよ」 美人なんだろ?と悪戯な笑みを浮かべた兄の声に、巻島の胸が僅かに跳ねる。 空港まで見送りに来るなと言ったのはそのまま明良を連れて行ってしまいそうだったからだ。電話をかけて声を聞く度、メールをして返信を見る度、気が狂いそうになるくらい会いたくなってしまう。短い文を送信するという何秒かで出来ることを巻島がしないのは、胸を掻き毟ってしまいそうになるからだった。 「あんまり放置してると誰かに取られるかもな」 「クハッ、……まさか」 「モテるんだろうな、美人だと」 「……その時は、その時ショ」 誰にも渡したくないという気持ちも勿論ある。だが会うことも難しい自分が彼女の恋人だということで、縛り続けることに巻島は引っかかっていた。 金城と同じ大学だと聞いた時こそ頭を抱えた。絶対に諦めない男が明良の近くにいる。どんなに自分達の関係を知っていたとしても、彼女が辛いときに側にいるのは自分ではない、彼女を想っている自分じゃない男が肩を貸すのかと思うと、抗えない気持ちが心臓を抉るかのようだった。 「会いに行けば良いだろ」 早鐘を打つ胸を静めようと必死になっていた巻島に、その兄は穏やかにも言い放つ。 「後輩がまたインハイ出るんだろ?それもついでに見て来い」 大学も休みの時期に休暇をやる、という兄の言葉で、巻島はすぐに自室へ戻るとパソコンのキーボードを叩いた。 ::: 「ききき金城!」 陽も登りセミもそろそろ起きる時間、朝から金城と共に自転車で走っていた明良のサイクルウェアのポケットがメールの受信を知らせると、休憩中にそれを確認した彼女は目を見開いて声を上げた。 「巻島!帰って来るって!」 休暇なだけだけど!と今にも飛び跳ねる勢いで明良は金城へ携帯を突き出す。メールを見た彼も一瞬目を見開いたが、それを手に喜ぶ彼女を見ては妬くことしか出来なかった。 「やっぱり敵わないか、」 「え?」 「いや、なんでもない」 悔しい、そう思いながらも明良の弾けんばかりの笑顔を久しぶりに目にした金城もまた、巻島が帰って来る日を心待ちにしていた。 |