弱虫pdl

□誇らしさと嬉しさと、(2)
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「金城の膝には何か秘密があるのか」


ミーティングの直後に突然そう言い出した主将に、部員達は皆一様に眉根を寄せた。


「自分の膝には何もありません。強いて言うなれば去年傷めたくらいで、」

「じゃあどうして真滝はお前の膝でしか寝ねーの?!ズリィ!」


ブーブー、と親指を逆さにした2・3年生はミーティングに使用したホワイトボードの前で眉を吊り上げる。明日のメニューの説明が記されていたボードも一瞬で真っ白になったかと思えばそこに明良の写真が貼り付けられた。


「アイツ被害者みたいじゃナァイ?」

「ワシら刑事か?犯人は今のところ金城か」

「なんの犯人だ」


狭い部室で野太い声が響く。「真滝の彼氏ってどこのどいつだ!」と声を上げる上級生達は、本当に成人しているのかと疑わしくなるほど騒ぎ散らしていた。バンッとボードを叩いたのは副主将で、今にも泣きそうな顔で金城へ目を向けている。去年の高校インターハイをしっかり見ていたと言う彼は、明良の言動も勿論知っていた。


「金城、お前が羨ましい……!"真護!"って叫ばれてたお前が……!」


高校を卒業した明良はさらに綺麗になったと評判で、近隣の大学との合同練習の際にも声をかける者が数知れない。その度に金城の背へ隠れる明良を、周りは羨ましそうに眺めることしか出来ていないのだ。その上最近は頻繁に目にする明良の昼寝は、セットが当たり前だと言わんばかりに金城がお供している。彼の膝上で静かに眠る明良を、部員達は見ているだけで幸せになれるとここでも眺めることしか出来ていなかった。


「真滝の彼氏がお前じゃないとしたらどこのどいつですか!」

「イギリスにいる巻島という男です」


ぶはっ、と吹き出して笑う荒北と待宮は「普通に答えちゃってるよコイツ」と先輩の目も気にすることなく腹を抱える。至って真面目に返答した金城は冷静に眼鏡のブリッジを押し上げ、巻島について説明しようと口を開いたが、それは何人もの男の声で掻き消されてしまった。


「ピークスパイダー……だと……?!」

「真滝という可憐な蝶は蜘蛛の糸で捕まっているだけに違いない!」

「ヤツが日本にいないのならば助け出すのは今しかない!」


食べられる前に!彼女を救い出す!声を揃えた上級生と、感化された1年生の数名が拳を突き上げる。なんなんだこの人達、と笑いが止まらない荒北と待宮は、崩壊寸前の腹筋を守るように抱えてうずくまっていた。
入口付近で地に伏せている2人に、ガチャリと扉が開く音が聞こえ、笑い涙を堪えた顔を上げると、そこにはきょとんと首を傾げる明良が立っていた。


「ミーティング終わりました?」


自転車競技部唯一の女性マネージャーである明良が、洗濯を終えて部室から賑やかな声が聞こえたことでそこへ戻って来ていた。ホワイトボードの真ん中に張られた自分の写真を目にし、今度は反対側へコテンと首を傾げる。なにごとだと金城へ視線を移すと、部員達の頭が一気に垂れた。


「金城……やっぱりお前が羨ましい……」

「真滝が真っ先に頼るお前が……」


弱々しい先輩達の声と何のことを言っているのかわからない明良は怪訝な表情で部員を見渡す。そして足下で笑い続ける荒北と待宮も視界に入れると、眉間に皺を刻んで口を開いた。


「あの、私なにかしました……?」


不安げな声音が部室に響けば全員が一斉に首を横へ振る。「お前は何も悪くない!俺達がお前を救い出すから!」という主将の声に荒北と待宮がまたも吹き出したが、明良は瞬きを繰り返してその威圧に大人しく返事をするしか出来なかった。





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