弱虫pdl

□誇らしさと嬉しさと、(1)
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「休講なら休講って教えてくれてもいいじゃん!」

「オレもさっき知ったのォ!」


部室で本を読んでいた金城の耳に、最近は専ら聞きなれた言い合いが入ってくる。パタンと閉じた本を膝へ置いたところで、勢いよく開いた扉からその2人は同時に入って来た。互いに押し退けるように足を踏み入れるが、またも同時に目の前の男へ目を向ける。パァッと表情を明るめた1人は、未だ眉根を寄せているもう1人から身体を離して飛び込んだ。


「おはよう金城!そっちも休講?」


長い黒髪は毛先だけ緩く巻かれ、擦れ違う誰もが振り向いてもおかしくない鮮麗な美女、日本のロードレース界で知らない者はもはや居ないだろうと謳われる彼女は、千葉県立総北高校から洋南大学工学部へ進学した真滝明良だ。


「ああ。……講義中のお前らの声はキャンパス中に響くな」


反省してまーす、と全くそんな素振りを見せない明良は口だけそんなことを言う。後から入った黒髪の男は、扉を閉めて金城と明良の間の椅子へ腰掛けた。


「あ、あった。ウッゼ、メール早すぎィ」

「あ、ほんとだあった。7時って金城と走ってる時間じゃん」


ライドタイムじゃ携帯見ないー、とぐっと背を逸らせて伸びをした明良はそのまま金城の隣まで椅子を引く。徐に横になったかと思えば膝へ頭を預けた彼女を目にし、ぎょっと目を丸くしたのは箱根学園OB荒北靖友である。おかしなことなど何も無いと平然とまた読書をし始めた金城に、彼は頭を抱えて溜息を吐いた。


「ずっと思ってんだけどオマエらのそれナァニィ?」

「それ?」


はて……と顎に手を添えて真剣に考え始めた金城の膝では明良が既に寝息を立てている。「もう寝てんのォ?!」と声を荒げる荒北に目を向けた金城は、口許へ人差し指をあててそっと口を開いた。


「せっかくの休講だ、寝かせてやってくれ」


明良の頭を撫でる手は優しく髪を梳き、近くの棚からブランケットを取り出す。明良専用のそれは3年生が用意したもので、彼女以外の者が使用するのを先輩命令だと禁止している。ふわりと横になる身体へそれをかけると、微笑を浮かべてまたその頭を撫で始めた。


「彼氏いるって聞いたけど金城オマエ?」

「いや、巻島だ」

「はァア?!……うっわ東堂が異常なくらい荒れてた時期ってソレが原因ジャン。おもしれー」


蜘蛛男がネー、と笑う荒北の目にはまた2人が目に入る。ピタリと笑いが止まったかと思えば焦ったように頭を振り出した。


「いやいやいや違ェーヨ。付き合ってねェのはわかったけどだったらソレおかしーんじゃナァイ?どんだけ見せ付けてくれんの」

「……これが普通だが」

「ここで先輩達来たらオマエ絶対殺される」

「俺と田所だけこいつのこれは許されてる」

「許されてるゥ?」

「巻島にだ」

「あいつ日本に居ないんでしょォ?何やってるかなんてわかんねーじゃん」


1人暮らしの明良が家に知らない男を連れ込んでいるかもしれない、入学式で既に洋南大生の何人が彼女に目を付けたのかもわからない、自転車競技部へ入部しているというのに時間があるときだけでいいからと未だに様々な部やサークルが明良を勧誘している。高校では強面の田所に異端児に見られていた巻島、成績優秀で秀麗な金城が盾になるよう彼女傍に居たからこそ守られていたが、学部が異なる上に在籍する人数は高校の比にならない。荒北が思うところは、"彼氏がいる"と公表していようと、遠距離のそんな存在は周りには意味を成さないだろうということだった。


「明良が巻島を裏切るようなことをしていると……?」

「いやまさに今のお前ら見てたらそれな」


"普通"と聞かされた荒北が総北高校の自転車部部室の様子を想像して身震いする。練習しないでまさかあんなことやこんなこと……、と考えているとインターハイで負けた悔しさが蘇り苛立つのを抑えられなかった。


「なーにが勝利の女神だヨ」

「そんな風に言われているのか」

「福チャンから連絡きたってのォ、"真滝明良と同じ大学らしいな、勝利の女神はそっちへ行ったのかと先輩達も地団駄を踏んでいる"とか無駄にテンション高ェ新開も"雑誌返すの忘れてたからおめさん真滝の住所寄越せ☆バキュン☆"ってバキュン電話越しで聞かされて鳥肌立ったわ思い出しただけで腹立つ!」

「……今の福富と新開の真似か」

「忘れろ!」


椅子に片足を乗せて顔を真っ赤にしている荒北に携帯がぶつけられたのは、大声のせいで目を覚ました不機嫌な明良が投げたからである。





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