弱虫pdl

□【過去編】ある日(2年)
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「わーもうこれなんでっ」

「ガハハハ!へたくそ!」


カラン、とグラスに入っている氷が鳴る。それを前にしている金城の口は柔らかく弧を描き、巻島は苛々しながら手にしているボールペンのお尻でノートをつついていた。
夏、終盤。インターハイを終えた総北高校自転車競技部はバイクの一斉メンテナンスということで練習も休みの日。巻島邸に集合したのは金城、田所、明良の3人だ。

リハビリ感覚で軽めに早朝練習をしていた金城が休憩するためにバイクを下りたところで明良を見つけ、自販機の近くに設置してあるベンチでぼーっと空を眺める彼女へ声をかけることは出来なかった。つい先日終えたインターハイ、もちろん自分にも悔しさは残っているし、泣いていた先輩達の涙を忘れることは出来ないだろう。だが、それよりも、金城の記憶に一番残ったのは、明良の唇から流れる鮮血だった。
自虐ではあるものの傷を作らせてしまった、守りたいと思っていたというのにあれから笑顔を見ていない。そんな明良のことが気がかりでならない金城が思いついたのは、どうせほとんど手を付けていないであろう田所の課題を終わらせるという口実の集合だった。自転車大好きの明良に今は自転車以外のことを考えさせてみようと電話をすれば、渋々といった様子で彼女はその誘いを受ける。同様に田所、巻島、と電話をして場所は金城自身の家を提案したが、それは巻島によって却下となり今に至るのである。

場所は巻島の部屋、ローテーブルで向かい合う金城と巻島は夏の課題を前にしているが、テレビの前でゲームのコントローラーを握っているのは明良と田所だ。カーレースゲームに熱中する2人は声を上げて楽しんでいる。久しぶりにそんな明良を見た金城は結果オーライだと微笑んでいるが、巻島は煩くて仕方がないという様子だ。


「田所っち、これぜってー終わんないっショ」


溜息を吐いた巻島がついにノートから目を離し、頬杖を付いてコントローラーを振り回す2人へと視線を移す。田所へ声をかけると、明良も揃って振り返った。


「さすが金城。必殺!明良召喚だな」

「え、私手伝わないけど」

「は?!俺の課題のための集合だろ?!」

「だったらやれ!」


巻島が叫べば肩を落とした2人は漸くテレビから離れ、ずるずると床を這ってテーブルへつく。同時に明良の分のジュースを入れなおした金城は、そっと彼女の前にそれを差し出した。


「ありがと、金城」


汗を掻いたグラスに手を付けた明良は、紙製のコースターごとそれを持ち上げる。ペロ、と落ちてしまったそれを拾っていると、屈んだ彼女の頭を巻島が乱暴に撫でた。グシャグシャと髪を乱したそれに明良は見上げながら睨むも、目の前に見えた彼の顔は眉尻を下げてしまっている。怒るにも怒れないといった表情をされてしまい、彼女は複雑な上に不思議で堪らなかった。


「ストロー持ってくる」

「ん?いいよ?」

「口、さっき痛がってたショ」


グラスに口をつけると下唇に染みて痛んだのは確かで、明良はバレていたのかと表情を強張らせる。自分で勝手にしでかした怪我を心配させるのは申し訳なさすぎる、と彼女はぶんぶん頭を横に振ってみせたが、タマムシ色の髪を結いなおした彼は今度は優しく明良の髪を梳いた。


「痛いなら痛いって言え」

「痛くない、です」

「だったらデスソース飲ませてみる」

「それ傷無くても痛いじゃん!」


辛いの苦手って知ってるくせに!と頭にある巻島の手に噛みつきそうな明良は、スッとそこから離れた男をまたも睨みつける。頬を緩めたままストローを取りに部屋を出た巻島の背を見送り、金城と田所がフッと静かに吹き出した。


「お前のその無駄に強がるの何だ」


隣に座る田所が明良の頭を撫でると、彼女は「強がりじゃない」と口を尖らせて呟き、金城はその様子にまたも軽く吹き出してしまう。完全に機嫌を損ねてしまった明良だったが、それを彼等は危惧していなかった。どんなに膨れていようと元気が無いわけではない、笑う彼女を久しぶりに見たと安心したのは事実なのだ。





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