「別行動?」 合宿所への挨拶を済ませた金城に、明良は歩きながらそれを伝えた。 「うん、従兄弟が近くにいて。ちょっと会いたくなったから行ってもいいかなって」 だめ?と見上げられれば金城も断れるわけがなく、今日はもう部活も休みで帰るだけとなっているからとそれを許可せざるを得なかった。 「いいだろう。今日中には帰って来るのか?」 「うん、夜には千葉に戻るから」 帰路へと着いたバスの中、明良は一言も話さずにただ外を眺めているだけだった。その様子を見ていたのは巻島だけで、声をかけられないことに頭を掻く。バスが30分ほど走ったところで、明良は荷物を手に取り立ち上がった。 「金城、私この辺りで降りる」 「気をつけろよ」 「うん、みんなおつかれさま」 ヒラヒラと手を振ってバスを降りる明良に、部員達はきょとんとした表情で背中を見送る。そのまま走り始めたバスに驚いた田所が金城の隣へ移動し声を荒げた。 「おい、なんで明良こんなところで、」 「親戚が近くにいるそうだ。今日中には千葉にも戻るらしい」 なるほど、と納得した部員達の中、巻島だけが深い溜息を吐いた。 ::: 『え、箱根?』 「うん、会いたくなったから来た」 『急すぎ!』 「ごめんごめん、部活見に行ったら偵察とか思われそうだし終わったら連絡頂戴、少しでも会えるならどこかで待ち合わせしよ?」 さすがに寮には行けないから、と明良が電話で話すのは箱根学園自転車競技部2年、彼女の母方の従兄弟である泉田塔一郎だ。ガシャンガシャンと鉄が擦れる音と誰かの怒鳴り声が明良の耳に入る。どこかで聞いた声ではあるが思い出せそうもないからと突っ込むことなく電話を切った。 切れた電話を見つめて泉田が額の汗を拭う。正月にも会ったというのに自分の体型がインターハイへの準備段階だったために少しばかり引かれたことを思い出していた。 「泉田、どうした」 「あ、いえ、」 トレーニングルームで電話に出た泉田の緩んだ表情を見て、福富がそれに声をかける。電話を聞いていた東堂も面白そうだと会話に参加し、その後ろでは荒北が新開になにやら怒鳴っている様子だ。 「まあお前に女子からの電話があるとは思えんが、そのニヤけた顔は何かあるのだろう。どうした泉田、この山神に話してみろ」 女子のことなら俺に!と大袈裟な動きでカチューシャを付け直した東堂を完全に無視した泉田は、福富へ向き直り口を開いた。 「福富さん、今日のメニュー終わったら少し外へ走りに出ても良いですか?」 「ノルマをこなすのなら構わん」 「もちろん全て。寮の門限も破りませんので」 許しを得た泉田はスキップでもしそうにトレーニングルームを後にする。新開と荒北がそれに気付き、「無視するな!」と叫ぶ東堂をあしらいながら福富へと声をかけた。 「おい福チャン、泉田なんだアレ」 「随分嬉しそうだったな、寿一が何か言ったのか?」 「誰かと約束でもしたんだろう」 俺は何も知らない、と付け足した福富に、荒北と新開、そして東堂が目を見合わせて瞬きを繰り返す。自分の大胸筋に名前を付けている後輩に女子の知り合いがいるとは思えず、考え直すように頭を振ったが3人が考えたことは同じだったようだ。 「なあ靖友、気になるな」 「アァ?べっつにィ?」 「強がるな荒北よ!自分に女子ファンがいないからと後輩に嫉妬してはならん!ならんぞ!見守ってやるのが先輩の役目!」 「ッゼ!!アイツに女なんているわけねーダロ」 「いやでも泉田のあの顔……靖友、」 「……まぁ、ネタになんだったら良いんじゃナァイ?」 「まだ女子だと決まったわけではないしな!」 口端を吊り上げた3人も、メニュー終了後に外周へ出ると福富に告げた。 |