弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(22)
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「私そんなに態度に出てましたか」


小野田と巻島が峰ヶ山を登っている間の静かな部室。苦笑を浮かべて皆から目を逸らす明良と、巻島の渡英の話を聞いた部員達が対峙していた。
2人の関係を知っていた金城と田所、察している幹は表情を曇らせて視線を落とす。どうして教えてくれなかったんだと眉尻を下げた手嶋の言葉に、明良はビクリと肩を揺らした。


「ごめん。黙ってろって言われてたし……インハイに集中して欲しかったし」


それに、と言葉を続ける明良の目から、溜まった涙が滴を落ちる。


「私が……それ口にするだけで泣きそうだったから」


卒業を前にしてイギリスへ発つ巻島のことを、考えるだけでも頭を振りたくなっていた明良にとって、言葉にすることは確認作業のようで恐怖になっていた。2人で居るときも極力その話はしないように、笑顔の明良が巻島の記憶に多く残るように、出来るだけ明るく、平気だからと彼にも自分にも言い聞かせてきた。

進路を決めたのも自分、離れることを知った上での今の関係、高校に入学してからのことを思い出せば思い出すほど明良の大きな瞳から涙が溢れる。


「もう泣いちゃ駄目って思ってたのに、」


一生の別れというわけでもないが、海外となればそう頻繁に会うことも出来なくなる。毎日顔を合わせることが当たり前になっていた明良にとって、それが半年、一年、いつ会えるのだろうと考えるだけで涙は止まらない。


「もう充分泣いたつもりだったのに、」


頭痛を覚えるほど、身体が枯れるのではないかというほど家では涙を流していた明良にも、やはり受け入れ難い事実の共有は思い知らされる確認となってしまった。

明良の泣き顔に皆が強く歯を食いしばる。
初めてみるものでもないというのに、悲痛に満ちた彼女の表情が瞼を落とすには容易なものだった。嗚咽交じりの明良の小さな泣き声が、自転車競技部の部室に響く。そこにガラリと大きな音を響かせたのは部室の扉で、巻島と小野田が汗を拭いながら入って来た。


「……あー……つい最近金城に言われたってのにナ。早速泣かせてるショ」


何事だと巻島の後ろから顔を覗かせる小野田が首を傾げ、他の部員達も巻島を見遣る。
拭いきれない涙を浮かばせながら、明良も顔を上げた。




「インハイ終わったから……もういいよね」




小さな呟きが明良の口から発せられ、それと同時に入口に居る巻島へ飛びつく。
ぎょっと目を丸くする小野田には、巻島の胸へ顔を埋めた明良の泣き声が聞こえていた。







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