弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(19)
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「あ、」

「あァ?」


インターハイ3日目、スタート地点の本栖湖駐車場にあるテントを出た総北メンバーの先頭を歩く明良は、タイムアウトを逃れた他校の選手達を確認しようと辺りを見渡していたために足下の人影に気が付かず思いきり膝をぶつけた。


「なんだ、ごめん」

「なんだってないデショ明良チャァン」

「いや、ほんとごめんなさい、まさかこんなところでうずくまってるなんて思わなくて」

「うずくまってねぇヨ小銭拾ってただけだ」


明良が蹴ったのは箱根学園ゼッケン2番、エースアシストを担当している荒北靖友だ。面識はあるが二言三言しか言葉を交わしたことがないために仲は然程親密ではない。他人行儀、とまではいかないが慣れたチームメイトへの会話とは全く異なりお互い暴言を吐くような関係ではなかった。


「昨日のゴールでいつもの声聞こえなかったらしいなァ、寝てたか?」

「ちゃんと見てた。でも声は出してない」

「1位獲れなかったから落ち込んじゃったァ?」

「まさか、今日勝つから問題ない」


口端を吊り上げたふたりは闘争心を剥き出しにして睨み合う。だが選手ではない明良を威嚇しても意味はないと気が付いた荒北はすぐに目を逸らして頭を掻いた。


「誰にでも威嚇するなっショ」

「荒北くんが睨んできたから」


明良の後ろにいた巻島が溜息を吐いて彼女の襟首を引っ張る。呆れたように口にしたがその目は荒北を捉えていた。金城も田所も変わらず、口端を吊り上げて絶対に負けないという目をしている。


「良い空気だね」


ヘラリと笑った明良に荒北は「ハッ」と小さく笑い、またも睨むように見据えて彼女と目線を合わせた。


「終わったら泣くんだから今のうちに笑ってナァ」

「ほんと、嬉し泣きで笑えないかもしれないから今のうちに全力で笑っとく」

「言ってろ」


踵を返した荒北の背を見送り、明良以外の総北の面々は一斉に溜息を吐く。きょとんとしている明良が首を傾げる姿に、全員がさらに盛大な溜息を吐いた。




:::




「生き返ってやがったヨ明良チャン、福チャンの読み通り」


箱根学園のテントへ戻った荒北はドサリとベンチへ腰掛け福富を見遣る。


「福の勘違いだったんじゃないのか?明良ちゃんがゴール前で声を張り上げないなど今までにあったことがないのだからな」

「いや、昨日のゴールで真滝明良の声は聞いていない」

「寿一も集中してたんだろ、1日目とは違って単独1位だ、おかしな話じゃない」

「でもゴール付近にいた1・2年も明良の声は聞いてないって言ってましたよ、ビデオにも入ってなかったですし」


東堂に続き福富、新開、泉田のレースメンバーが話すのは昨日の明良の異変についてだった。彼女も勝つ意志を持っていると言う福富は昨年のインターハイでそれを痛い程感じさせられ、関東の大会でも耳にする声を忘れるわけがない。それに聞き逃すはずがないという程に明良の声は澄んでいる。何かあったのだろうと考えていた福富だったが明良を必要としている総北の面々がそれを放置にはしないだろうということも思案しオーダーを伝えていた。


「ンなこたどーでも良いんだヨ、所詮マネだ、メカニックのポジションと変わんねーだろ」

「いや、真滝はコースのどこに現れるかわからない」

「そーゆー意味じゃネェヨ!つーか真波アイツどこ行きやがった!」

「呼びましたぁ?」

「ウロチョロしてんじゃネェ!」


荒北の怒号が飛ぶテント内のメンバーには優勝しか見えていなかった。






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