弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(18)
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「っ、あの……バカっ、」


インターハイ神奈川県大会2日目、着順スタートとなる今日のレース、先頭に前日の同着ゴールの3名及び総北高校の今泉、箱根学年の荒北が出て2分後、その両校の残りのメンバーが出たところで異変は起きた。


「田所!あんた後で本気で怒るからね!」

「もう怒ってんだろ明良ァ!」


グリーンゼッケンを付けた田所がスタートしないことに、周囲はざわめき、明良は肩を震わせて声を上げる。昨日の宿で言ったはずだ、隠していたら怒ると。
雑兵にハンデをくれてやったとスタートした田所の言葉に他校の選手が苛立つ中、口に弧を描いたのは京都伏見のみだった。




「明良さん、田所さんは、」

「アイツ体調不良だ、ごめん、気付けなかった……!」


注意して見ていたはずなのに、と奥歯を噛む明良と、目を見開いて驚くサポートメンバー。それからすぐに愛車へと跨った明良は、振り返ることなくその場を後にした。


「だ、大丈夫でしょうか、」

「杉元!……明良さんが行ったんだ……!」







コースは走れない、だが田所がどこで止まるかもわからない。チームを想っている彼ならそんなに早く足を着くわけもないだろうし、なにしろプライドが高い、そう思った明良は、予定していた近道とは別のルートを走り続けた。耳に入る歓声に集中する、おかしなざわめきが入ればそこにいるはずだと神経を尖らせる。だが、人のいない、声も全く届かないところで、明良の胸が大きく跳ねた。ざわつく、焦っている。チームの誰かの心と繋がっているように、明良の脈も早くなる。今泉と金城が既にトップスピードで走り始めたのか、早すぎるからそれはない、追いつくためにも小野田が引くチーム、そこに田所がいないことがわかったのだと気付いた明良は、雑木林の中に思いきり突っ込んだ。焦る気持ちがペダルを回す、草木が白い肌を傷つけ、顔からはぷっくりと血が滲む。辿り着いた先は大会コースで、その坂の下に田所を見つけた。


「田所!」

「明良……?!」


シャァァァ、ブレーキもかけずに下り田所の側で急停車した明良は、そのまま彼の頬へ手を添える。親指で優しく撫でる明良の目は細められ、悲痛に満ちた表情をしていた。


「おま、どうしてここに、」

「今日のレース終わったら絶対説教するから、」


静かに言い放った明良は耳の胃点を優しく刺激し、もう片方の手で田所の掌を刺激する。既に体調が悪くなっているから遅いかもしれないが、気持ちだけでもと数十秒それを繰り返した。田所の息は荒いまま、明良の肌の数箇所からも僅かに血が流れ落ち始める。グッと下唇を噛んだ彼女の頭を、田所が優しく撫でた。


「口、噛むな」

「ごめん、でも……!」



「田所さん!」

「明良さん!」

「手嶋……っ、青八木!」


後ろから足で登って来たのは、息を切らした2人だった。


「すみません、明良さんが田所さんの体調悪いって言ってたんで、」

「明良さんが行ったんで大丈夫だとは思ったんですが、もしもの時のために登って来ました!」

「よし、押すよ、ふたりとも!」

「はい!」


自転車を降りた明良は田所の背中へ手を回す。だがその時、後ろからきた審判車と、後続のメイン集団が彼女達を追い抜いた。


「う、そ……」

「明良……!」


ビクリ、明良の身体が大きくびくつく。田所の目は、強く真っ直ぐ、彼女を捉えていた。


「なんて顔してんだ、」


大きな手が明良の頬を優しく撫でる。涙を我慢する潤んだ目を閉じさせ、瞼にそっとその手を重ねた。


「いつものうるせー声はどうしたんだよ」

「たどこ、ろ……」

「笑ってろって、いつも言ってんだろ」

「っ、ごめ、私、何も出来なくて、」


田所の手で覆われた下から、明良の涙が静かに流れた。


「だから、笑ってろって」


瞼から離れた大きな手が明良の頭をくしゃりと撫でる。笑え、そう言うように、田所の口は弧を描いた。


「私が笑ったらチカラ出んの」

「ああ、出る!」

「だったら目に焼き付けろ!そんでペダルを回せ!強く踏み込め!リタイアなんて絶対するな!あんたは強いんだから!」

「ああ!」


涙でぐちゃぐちゃの顔に笑みを浮かべた明良は、ぐっと大きな背中を押した。






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