弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(17)
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「明良、寝ないのか」


バス車内、金城の言葉に振り向いた明良は眉尻を下げて笑った。


「眠れないよ、ワクワクして」


インターハイ神奈川県大会初日、会場へ到着した総北高校自転車競技部を乗せたバスからは、小野田を先頭に部員が続々と降車する。
トランクから荷物を降ろす手嶋と青八木、そして明良が、声を合わせて作業を行っていた。後ろでは補給練習をしていないと小野田が騒ぎ、それを鳴子が宥めている。その様子に困ったように笑った明良に並び、巻島が小野田の肩へ手をかけた。


「ボトルなんざァ落ちたら拾やァいいのサ。目的を忘れなきゃ、ロスした時間は取り戻せるっショ。忘れたか?今年のインターハイ、やるんショ?俺達が、てっぺん獲るぜ」

「そうだよ、エースを、金城を、一番速くゴールさせるの。総北のジャージを、一番速く」

「……はい!」

「それに補給だれがやると思ってんの、手嶋達と私だよ?ナメてんの?」

「あ、いえ、そんな、」

「あんたは思いっきり前見て進めばいいの、ペダルを回せばいいの、余計なこと考えるな、私達が全力で支えるから」


優しく笑みを浮かべた明良に頭を撫でられ、小野田は真っ直ぐ勝利への道を見据えた。




「明良、受付へ」

「え、私も行くの?」


幹と共に補給準備を開始しようとしていた明良に声をかけたのは金城で、彼女は「いつも自分達でやってるじゃん」と両手を腰にあてて眉根を寄せる。


「お前がいると何かと楽だ」

「どういう意味よ」


腑に落ちない様子の明良と共に受付へと向かった小野田は、カウンターを挟んだ向こう側のその手際の良さに目を丸くした。


「総北高校ですね、こちらに名前をご記入ください」

「え、」


まだ何も言ってないのに、と驚く小野田に、受付員はキラキラした笑顔で口を開く。


「彼女、真滝明良さんですよね、ブルースカイサンライト」

「ブルー、スカイ……?」


小野田や鳴子の後ろで金城の隣に立つ明良へ目を向けた受付員が、彼女へ羨望の眼差しを送る。疑問符を浮かべる1年生を前にして、巻島が「クハッ」と小さく笑った。


「明良のことだ、"ブルースカイサンライト"、"青空からの太陽の光"。どういう意味かわかるか?」

「青空……」

「あ、青いクロスバイク!」

「そう、青いクロスに乗って太陽みたいな笑顔で選手を応援する、……誰が言い出したか知らねェが大会スタッフなんかにはもう完全に顔も名前も知れ渡ってるっショ」

「か……かっこいい、」


感動する小野田は彼女にも異名があるのかと肩を震わせる。だが道路は走れないというのに自転車に乗ってどこを走るのかと疑問を持った鳴子が問えば、ゼッケンを受け取った田所が口を開いた。


「明良はな、レース前にそのコース付近まで調べ上げるんだ。人通りが少ない近道なんかをネットで集めてコースへ先回り、先に見た順位から落ちてたりしたら怒鳴られるぞ!」


ガハハハ!と笑う田所は、誇らしげに明良を見つめる。「やっぱスゴイわ、真滝センパイ」と鳴子の口が弧を描くと同時に、小野田も憧れの眼差しを向けた。


「ほら結局私いらないじゃん」


なんのために呼んだの、と頬を膨らませる明良の頭に金城が手を伸ばす。ゼッケンを渡された彼等を目にし、明良はブツブツと文句を言いながら踵を返した。


「金城ォ、無闇やたら明良の機嫌損ねさせんなショ」

「受付が早く終わるだろ」

「確かにそうだが、」


呆れながらも微笑む3年生を前にし、1年生達は強く拳を握った。






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